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ラプラスの書 §3-4

はい。
いつも通り間が空いてしまっているラプラス~です。
今回でようやくトレミーな一日編が終わりです。
早く描くために分けたのに、全然早くなってないw

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「贖罪のカルネアデス」
【4】(トレミーな一日 C)

「ふぅ~」
 俺は胸の奥底から深い溜息を吐く。
 放課後の追試もなんとか乗り切り、俺はほうほうの体で昇降口へと向かっていた。
「やっと帰れる・・」
 振り返れば本当に苦労の絶えない一日だった。
 あのあとで、はるかの一撃をモロに食らったアルキメデスの体がドロドロに溶けかかってしまったのだ。
 どうやら意識を失いかけたことでエクトプラズムの結合がほどけてしまったらしい。
 突然得体の知れないドロドロの物体に変化していく俺の姿に教室がパニックに陥る寸前で、俺は慌ててアルキメデスを抱えて保健室に駆け込み、霊力を補充してなんとか事なきを得ることができた。
 ちなみにアルキメデスのヤツはよほど疲れたのか、追試を受け終えるると早々に人目に付かないところで猫の姿に戻ってそのまま家に戻っている。
 授業が終わってから1時間ほど経ち、教室に残っている生徒はほとんど居ない。
 未だトレミーの意識が目覚める気配はない。
 もし、このままトレミーの意識が戻らなかったら?
 人の居なくなってしまった教室のようにぽっかりと空いた時間、不意に襲ってきた不安に心がぐらりと揺れる。
 とにかく、今は家に帰ろう。
 ここで俺が一人で足掻いたって出来ることは無いに等しい。それならば家に帰ってノエルと相談するのが一番有効だ。
 なんて、考え事をしながら歩いていたのがいけなかったらしい。
「ヤッホー」
 と、声を掛けられるまでその気配に気づくことが出来なかった。
「で、出た・・・」
 どうやら廊下の柱の影で俺が来るのを待ち伏せしていたらしいその少女はトレミーな俺が一番会いたくない人物だった。
 短くボブカットに切りそろえられた髪、赤いアンダーフレームのメガネの奥には好奇心にみなぎる大きな瞳がある。
 こいつは木津かのん。
 俺の幼なじみの一人で、新聞部に属している。
 問題はコイツが独自で発刊している『宇木中スポーツ』なるゴシップ新聞だ。
 これが先生達も知らない裏のルートで生徒達の間に流れているのだ。
 しかもそこそこに人気があるを良いことに最近は木津の『取材』はエスカレートしており、交際現場ををすっぱ抜かれて破局に陥ったカップルも少なくない。
「なによ~、人をオバケみたいに言ってくれちゃって」
 俺のあからさまに邪険な態度に木津はむっ、と膨れた顔をしてみせる。
「トレミーってさ、なーんか話しかけづらい雰囲気じゃない?こっちから声かけても相手にしてくれないし。でも、色々と話を聞いてみたいとずーっと思って隙を狙う・・・じゃなかった、機会を伺ってたのよ」
 こちらはまだ何も聞いていないのにかかわらず木津はマシンガンのように一気に話し出す。よし、今のうちに・・・
「コラ、逃げないの!」
 そっと、その場を立ち去ろうとした俺を遮って木津が立ちふさがる。
「大丈夫よ、別に捕って喰ったりしないから」
 そのまま嫌な笑顔でジリジリと少しずつ距離を詰めてくる。
「だから、ちょ~っと取材がしたいんだけど、協力してくれない?」
 『取材』としか言わない辺りがさらに怪しい。
「ね?」
 俺の精一杯の疑念の視線もまったく意に介する様子は無い。
 ここで勿論肯定することは出来ないが、かといってきっぱりと断ることも出来ない。
 なぜなら、ここで断るようなことをすれば恐らく木津が既に手にして居るであろう何らかの写真で揺すられることになるのだ。
 なにせ、今まで散々痛い目を見てきている俺が言うんだから間違いない。
 最初から写真をちらつかせてあからさまに揺すってこないだけマシなのかもしれないが、相手が一度断ってから写真を見せた方が効果的であると知っている分余計にタチが悪い。
 とにかく、今は一刻も早くこの状況から抜け出すことが俺に残された唯一の活路なのだ。
 しかし、やはり木津もそのあたりは心得ているらしく、完全に計算した上で声をかけてきている。
 現在、俺が居る場所は丁度廊下の角の位置であり、後ろに退路はない。
 前からはじりじりと木津が距離を詰めてくる。
 残されたスペースは木津の左右と校舎の間のわずかな空間しかない。
 そこを抜けたとしてもその先に逃げ込めそうな場所はない。
 ・・・いや、今の俺ならば!
 一瞬にして意を決した俺はぐっと床を蹴り、唯一残された木津と廊下のスペースを駆け抜ける。
「きゃっ!」
 短い悲鳴を上げた木津が振り返っても、そこにトレミーの姿は無かった。

「・・・ふぅ」
 個室のドアを閉め、内側から鍵をかけた所で俺は安堵の溜息を吐く。
 ここは先ほど居た場所から昇降口と反対方向にある女子トイレ。
 俺はトレミーの戦闘人形の身体能力をフルに発揮し、昇降口側の脇をすり抜け、そこから全速力で廊下を駆け抜けてこの女子トイレへと逃げ込んだのだった。
 木津の恐ろしさはその好奇心と執拗なまでの執念深さにある。
 これが長年のつきあいで俺が得ることの出来た最大の教訓だった。
 少しでも木津に興味を惹くような情報を与えてしまえば、その真相を確かめるまで徹底的に突き詰めるのが木津かのんという少女なのだ。
 ただし、その好奇心が長続きしないというところが最大の弱点である。つまり一旦全力で気の済むまで調べても真相が明らかにならない時はさっさと諦めて次の目標にターゲットを変更するということだ。
 こうやって一瞬のうちに木津の前から姿を消せば、当然木津はその好奇心を刺激され、今頃は血眼になってトレミーの姿をした俺を捜し回っていることだろう。
 しかも昇降口側の隙間を狙って通ったため、恐らく木津は俺が昇降口へ逃げたものだと思っているはずで、昇降口とは反対方向にあるこの女子トイレにまで探しに来ることはまず無いと言っていい。
 そのまま校舎内を駆け抜けても木津を巻くことは出来ただろうが、そんなことをすればより一層木津の興味を引きかねない。
 一瞬で消えてしまったなら後からトリックだと言えばなんとかなるし、廊下を100m9秒台のスピードで駆け抜けたなんていう具体的な情報を与えるよりはよっぽどマシなはずだ。
 そのために出来うる限り短い時間でカンペキに身を隠せる場所が必要だったのだ。
 少なくとも俺がもとの俺の姿だったらココに逃げ込むことは出来ない。
 あれから少し経ったが木津が追ってくるような気配はなさそうで、とりあえずは上手くいったようだった。
 さてと、あとは木津が他を探しに移動するまでの時間をやり過ごしてからこっそりと帰ればば大丈夫。
 トレミーになっているとはいえ、男子禁制区である女子トイレに長居するのはなんだか気が引けるきがして、なんとなくそわそわしながら時間が過ぎるのを待つ。
「このトイレに入っていったのは間違いないのね?」
「はい。確かにこの目で見ました。凄いスピードでした」
 ヤバイ、誰か入ってきたみたいだ。
 入り口から聞こえてきた女子の声に何となく出て行くタイミングを逃してしまい、そのまま個室の中にしゃがみ込んだままになってしまう。
 俺は今トレミーで、正真正銘、どっからどうみても女子だ。
 堂々と出て行けばいいのだが、なんとなく女子トイレの中で他の女子と面と向かうのは気まずいような気がしてならない。
「これはまたとないチャンスですわ。アイツさえいなくなれば閣下は元に戻るはずです」
 とりあえず入ってきた女子達が出て行くのを待つことにして、その会話に耳を傾けているとその内容が徐々に不穏な物に変わってきているような気がする。
「ねぇ、本当にやるの?」
「皆まで言わせないで下さいまし。すべては閣下の御為よ!」
 何かよからぬ事でも企んでるのか、と一層耳をそばだてようとしたとき――
 
 バシャン!
 
 空から水が降ってきた。
 雨なんて生やさしい物ではなく、まさに水の塊。
 そもそも、ここはトイレなのだ。屋内で雨が降るわけがない。
「・・・・・・」
 その音と衝撃に思わず閉じていた目をゆっくりと開ける。
 顔から、髪から、滴が床に落ちてぽたぽたと音を立てている。
 制服がべったりと肌に張り付き、悲しいほどに冷たい水が体温を奪っていく。
「あら、もしかしてまだ中に誰か居たのかしら?」
 ようやく落ち着きを取り戻して、事態が飲み込めてきた頭にそんな声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、まさか中に人がいるとは思いませんでしたの」
「ゴメーン」
 キャハハ、と笑う声が重なる。
 何が可笑しいんだ?
 今の俺の心境と全く逆の面白くて仕方がないというような弾んだ声。
 怖さもあったが、それ以上にどうしようもないほどの黒く熱い怒りが胸の奥からふつふつと込み上がってくる。
 自分でも驚くほどのゆっくりとした動きで個室のドアの鍵を開け、ゆっくりと扉を開いていく。
 人間、本当に頭に来ると逆に冷静になるものなのだな。
「ごめんね~本当にわからなかったんだぁ」
 中心に立った女子が両手を合わせてそう言ってくるが、その緩みきった表情に謝意などあるはずもない。
 逆に俺を嘲っているという意志がひしひしと伝わって、突然の出来事にささくれ立った神経を遠慮無く逆撫でにする。
「何よ、怖い顔しちゃって。私たちちゃんと謝ってるじゃないの」
「そうよ、そうよ」
 俺は何も言う気にもなれず、ただその中心の女子を睨み据える。
 その名札の横に輝く、稲妻を思わせる「SS」の文字。
「親衛隊・・・」
「あら、転校生にしてはよくご存じですのね」
 俺が思わずこぼした一言をすかさず聞き取った真ん中の女子がより好戦的な目をしてこちらを見下ろしてくる。
 人呼んで『香村親衛隊』。
 その名前の通り今や我が宇木中学名物となっている同じクラスのイケメン香村に好意を寄せる女子達にっよって組織された本人非公式のファンクラブである。
 学校非公認の地下組織にかかわらず、その規模は生徒会に匹敵するとも言われ、各行事の際に香村が有利になるように工作活動を行っているともっぱらの噂である。
 しかもその横に輝く徽章は『LSK』のものだ。
 LSK。(ライプシュタンダーテ・慎哉・香村)〈香村慎哉専属部隊〉は香村SSの中でも幹部クラスが在籍する少数精鋭のエリートで、中にはある意味で狂信的な信仰を持つ物までいるという。
「アンタのせいで香村くんがおかしくなっちゃんだからね!」
 不意に出てきた香村の名前が朝の一蹴会の一段の中にいた香村の姿を呼び起こす。
 なるほど、こいつらは香村があんなことになってしまった逆恨みでトレミーにチョッカイ掛けているのか。
「こんなチビでちんちくりんのどこがいいのかしらね」
「それにいっつも私たちの事無視してくれちゃって」
「一蹴会だかなんだか知らいけど、男子をたぶらかせてイイ気になってるんでしょ?」
「ほら、なんとか言いなさいよ」
「・・・・・・」
 三人の女子は俺を取り囲むように立ちはだかり、それぞれが勝手放題言いたいことを言ってくる。
 トレミーはいつもこんな目にあっていたというのか。
 遠い異国の地からはるばるこんな田舎までやってきて、俺以外に知ってる人間なんて一人も居ない状況で。
 きっとトレミーはどう接していいか分からなかったはずだ。
 それなのにこいつらは・・・!
 同じ状況に置かれたトレミーのことを想像すると、なんともいたたまれない気持ちになるとともに、心の奥からさらに強い怒りの感情がこみ上げてくる。
 俺は思わず拳をギュッと強く握りしめる。
「あら、なんですの。あーあ、イヤですわ」
 その動作を目ざとく見逃さなかったLSKの女子はさらに詰るように声を上げる。
「そうやってすぐ暴力に訴えようとする。わたくしはただ平和的な話し合いをしにきただけですのに」
 水を掛けた挙げ句、三人で取り囲んでおいてどこが平和的なのか。
 全く対等でない立場で話し合いなどなんの意味があるのか。
 一言一言が道理を外れているにもかかわらず、それをあたかも正論であるかのように振る舞う。
 おそらく体育の授業などでトレミーの身体能力が高いことは承知しているのだろう。
 正面切っての勝負を避けるためにそうやって先回りして反論を防ごうというのだ。
 何も知らない女子にトレミーがそうやって見下されているのが我慢ならなかった。
 それにトレミーのエーテル回路が反応し、その拳にみるみるエーテルが集まっていくのを感じる。
「な、なに?」
「アンタ、何をしたのよ?」
 未だ目に見える事は何も起こっていないのだが、そのエーテルの高まりを知らぬうちに感じた女子達が狼狽えだし、一斉に距離を取る。
 さっきまでとは打って変わったその慌てぶりになんだか可笑しくなってしまう。
「バ、バケモノ・・・」
 意図せずニヤリと歪んだ口許のまま奴らを睨め付けるように見てやると、一人が口をパクパクとさせながらかろうじてその一言を呟く。
 このままエーテルを使って少々懲らしめてやろうか?
 ノエルが行っていたように外部からエーテルを流入させることは出来ないだろうが、俺が持つエーテルだけでもある程度のことは出来るはずだ。
 そうすればこいつらもトレミーにこんな事することもなくなるだろう。
 俺はゆっくりとその手を上げ、目の前の女子達に向ける。

「あなたたち、何やってるの!?」
 
 突如、凛とした声が女子トイレに響き渡る。
「げっ、委員長!」
 その声に振り返った取り巻きの一人が苦々しく呟く。
 親衛隊の間から覗く姿ははるかだった。
「あら、霞野さん。奇遇ですわね、こんな所で」
 中心の一人が怯むことなく一歩前に出てはるかと対峙する。
「ええ、ごきげんよう」
 ニコリ、とはるかが微笑む。
 だが、その目は全く笑っておらず、隙間無い視線で女子達を牽制している。
「あら、マヴデイルさん!どうしたんですか?そんなにびしょ濡れで」
 ちらりとこちらを伺ったはるかが大げさに驚いてみせる。
「さあ?水道でも故障したんじゃないかしら?」
「まぁ、それは大変。すぐに業者を呼びませんと!」
 いかにもバツが悪そうに視線を泳がす親衛隊の女子にそう言って、はるかはさっとその間をすり抜けて個室へと入ってく。
「うーん、見たところ水道管に問題はないみたいですね」
 見るからにワザとらしく配水管を眺めたはるかがちらりと親衛隊の方に視線を送った後で、足下に目を向ける。
「あら?こんな所にバケツが」
「くっ・・・」
 ぐっと歯がみする親衛隊をよそにはるかは拾い上げたバケツをしげしげと眺める。
「どうやら、さっきまで水が入っていたみたいですね・・・なにかご存じありませんか?」
 はるかは『すべてお見通し』と言わんばかりの含んだ視線を親衛隊の面々に向けてそう言い放つ。
「おっと、そうでした。わたくし、先生に用事を頼まれておりましたの」
 これ以上はるかとやり合うのは不都合と判断したのか、LSKの女子がくるりと態度を変えてそう言う。この場をなんとかやり過ごそうというのが明白である。
「あら、それはいけませんね。先生もお待ちのことでしょう。色々とお話を伺いたいところではありますが・・・それはまたの機会に」
 はるかは一瞬むっと表情を崩しそうになるが、あえて追求をせずに見逃してやることにしたようだ。最後の笑顔が怖い。
「それでは、ごきげんよう」
 親衛隊の女子達はそのままそそくさとはるかの脇をすり抜けていく。
「覚えてやがりませ」
「はい?」
「いいえ、なんでもないんですの。ほほほ」
 やられっぱなしでは親衛隊の女子も面白くないのだろう、去り際に余計な捨て台詞を残していくが、プレッシャー3割増しのはるかの営業スマイルに慌ててトイレから逃げ出していった。引き際だけは見事なものである。
「べーっ、だ」
 廊下の角を曲がって見えなくなった親衛隊の女子達にはるかはそう舌を出す。
 やはりはるかを敵に回すのは賢明ではない、と心からそう思った。


「まったく、酷くやられたわね」
「・・・」
「ま、それでも手を出さなかったのはエライわね。さすがにケガさせちゃったら私も庇いきれないし」
「・・・」
 幸い制服はそこまで酷く濡れてはおらず、今は二人でこうして家庭科室で乾燥機を回しながらグランドを眺めている。
 ちなみに、俺が今来ているのははるかのジャージ。
「今日は体育で使っちゃったから、ちょっと匂うかもしれないけどガマンしてよね」
 そのことに少し気恥ずかしくなった俺の表情に気付いたのか、はるかがそう重ねる。
「あ、ありがと・・・」
「え?」
 遠慮がちにつぶやいた俺の言葉にはるかは鳩が豆鉄砲を食らったかのように心底意外そうな表情を浮かべる。
「なによ、今日はやけに素直じゃないの」
 はるかはちょと照れくさそうに少し笑ってそう言った。
「本当にどうしちゃったのよ?今日は絶対おかしいわよ?」
「・・・」
 暫く怪訝そうな視線を送っていたはるかだったが、
「別にいいけどね。アンタにもそんな時だってあるでしょ」
 もうすっかり日も傾いてグラウンドに射す日差しも随分と鈍くなって、運動部も練習を終えてグラウンド整備に入っていた。
「わたし、一人っ子だから実は妹とか欲しかったのよね~」
 不意にはるかが誰に言うでもなく呟く。
 その声に俺はいつのまにかその横顔を眺めていた。
「・・・なによ、いつもだったら『私は子供じゃないもん!』って怒るくせに」
 その視線にはるかは警戒するように怪訝そうな表情を浮かべるが「まあ、いいわ」と、またグラウンドのほうを向く。
 イーチ、ニーイ。運動部の疲れ切った整理運動の掛け声が聞こえてくる。
 昼の暑さの余韻を残した風がまるで太陽と一緒にどこかに帰って行くかのように、すうっと吹き抜ける。
「・・・ねぇ。髪、触っていい?」
 また不意にはるかが声を掛けてきた。
 突然の事だったから少し驚いてしまったが、俺はコクンと首を縦に振る。
「あーあ、うらやましいなぁ。透き通るみたいな金髪。絶対ズルイわよ」
「・・・」
 トレミーのくりんとした毛先を物珍しそうに弄るはるかを俺はただぼーっと見上げていた。
「そんな『なんで助けたの?』みたいな顔しないでよ」
 俺の視線に気づいたはるかは困ったようにそう微笑む。
 確かにトレミーとはるかは犬猿の仲でお互い顔をあわせればケンカばかりしているように思える。
 だが、そういえばトレミーがはるか以外の女子と争っているところを見たことがない。
 今思えば、トレミーははるか以外の女子とは口も訊かないほどに相手にしていないのだ。
 香村SSの奴らだって勝手にトレミーに突っかかっているに過ぎない。
 それはある意味ではトレミーもはるかのことを認めているということなのだろうか。
 ピーッと乾燥終了のブザーが鳴る。
「もう大丈夫みたいね、はい」
 その音に我に返った俺を余所に、ぱっと反応良く動いたはるかが乾燥機の中から制服を取りだして俺に手渡す。
「あ、ありがと・・・」
 俺は改めてお礼を言う。はるかも流石に二度目には驚くこともなく「いいのよ」と満足そうに微笑んでくれた。
「・・・その、いままで」
 俺は思わず口を開いていた。
 はるか自身、自分では嫌いな様なことを言っているが意外にトレミーのことを気に入っているんじゃないだろうか。
 例えはるかが助けに来たのがクラス委員の正義感からだとしても、本当に嫌いなやつならばここまで世話を焼くことはないだろう。
 それに今までのトレミーな一日を改めて振り返っても、はるかのトレミーへの接し方は少なくとも嫌っているようには思えなかった。
 だからもし、俺の一言で二人の間の何かを変えることが出来れば――
「別に『貸し』とかに思わなくてもいいんだからね」
 はるかが遮るように口を開いた。俺が何を言おうとしているのか察したのだろう。
「アイツら普段から気に入らないのよ。確かにアンタも好きじゃないけど、だからって見逃してたらわたしもアイツらと同じになっちゃうわ」
 やはり、はるかもそれは違うのだと感じたのだろう。
 そこまで二人の関係に俺が立ち入るべきではないのだ。
 しかも、俺はトレミーのフリをしてはるかに言うべきではない事を言おうとした。
 俺の余計なお節介による矛盾から二人の間がギクシャクして、最悪二人の関係が壊れてしまうことだってあったのだ。
「アンタとは正々堂々真っ向から勝負して、はっきり白黒付けたいのよ。それでゆーくんがアンタを選んだなら、わたしも何も言わない」
 少し照れながら、しかし最後は真剣にはるかはそう言った。
「・・・私ね、小さい頃に川で溺れたことがあるの」
 それから少しだけの間を置いて、はるかは語りかけるようにそう話し出す。
「なんだかもう訳が分からなくなって・・・でも、その中でゆーくんの声が聞こえたの。そして私の手をギュッと握ってくれた。本当にあのときは格好良くて、ゆーくんがテレビや漫画に出てくるようなヒーローに見えたわ」
 その頃の事を思い出したのだろう、はるかはふっと柔らかな表情を浮かべる。
「ただ、わたしが目を覚ましても、ゆーくんが目を覚まさなかった」
 うっとりと思い出の中を漂うように空を見上げていたそのはるかの顔に陰りが差す。
「私のせいでゆーくんが死んでしまう・・・そう思ったら本当に怖かった。昔からゆーくんに頼りっぱなしでいつも私の手を引いてくれたゆーくん。もう離れたくない、ずっと一緒にいたいって心の底からそう思ったの・・・」
 はるかはまるで自分の心の中をなぞるように、ぽつりぽつりと言葉を繋げ、ゆっくりと夕空を見上げる。

karune_04c2m.jpg

「だから、私はゆーくんが好き」
 はるかは俺でもトレミーでもなく、この世界に宣言するように、そうはっきりと言った。
 それがまるで万物の真理であるかのように淀みない真っ直ぐな言葉だった。
「・・・」
 はるかのその一言は俺の心の芯に深く静かに何かを響かせる。
「別にあなたがゆーくんと暮らそうがどうしようが別に知らないもん」
 ツン、と顔を上げてはるかが視線を外す。
「でもね」
 上を向いたままではるかが視線だけをこちらに向ける。
 俺もそれを真っ直ぐに見つめ返す。
「私だって負けてないんだからね」
 そう言ったはるかの口許がまるで何かを思い出したようにふっと緩む。
 やがてこらえ切らなくなったように微笑みがこぼれる。
「フフフ。わたし、ゆーくんとキスしちゃったんだから」
「なっ!」
(なっ!)
「キャー、言っちゃった!」
 呆気にとられる俺をよそに、はるかは両手で頬を押さえてイヤンイヤンしている。
 それよりも、さっき俺の声に重なってトレミーの声が聞こえた。
 きっとトレミーの意識が復活したのだ。
(トレミー、気がついたのか?)
(・・・)
 あれ、返事がない。
 さっき確かに声が聞こえたし、今だって心の中にトレミーを感じる。
(・・・ユークリッド、本当なの?)
 しばらくの沈黙の後でもう一度トレミーの意識が聞こえた。
(アイツとキスしたって本当なの?)
 更になんだか睨むようなプレッシャーを感じる。
(え?)
 トレミーの意識が戻ったことに浮かれていた俺は改めてその『キス』という単語を聞いて、せっかく現実逃避していた意識を問題に直面させられる。
 キス?
 俺と、はるかが?
 待て待て、いつだ・・・?
(あーっ、そうか!きっと幼稚園の時のアレだな。あれはもう時効だし、ほっぺに軽くだからノーカンだ)
(なーんだ、ほっぺにチューなら、わたしだってもうしてるもん)
 脅かせやがって。しかし、はるかのやつあんな昔のことまだ覚えてるのかよ・・・
 と、安堵と少し呆れたような気持ちで改めてはるかに視線を戻す。
 それを疑惑の視線と受け取ったのか、はるかは少しムッとしてさらに口を開く。
「ウソじゃないのよ?この前、私の練習につきあってくれたとき、帰りのバスの中でゆーくんが先に寝ちゃったのよ。その時に・・・し、しちゃったんだからっ!もちろんマウス・トゥ・マウスよ!」
 あのときか・・・
 だからあの日は別れ際がやけに上機嫌だったんだな。
(・・・やっぱりしたんだ)
 普段が妙にハイテンションなだけに、妙に冷めたトレミーの意識が逆に怖い。
 こういうとき精神同居は不便だね。お互いの意識が筒抜けなんだもの。
(いやいやいや、俺は寝てたから!被害者だから!)
 必死に弁明するもトレミーの蔑むような意識が変わる様子はない。
「も~、私ったら大胆!」
 そんな俺の気持ちを知るよしもなく、はるかはさらに一層顔を朱くして今では耳の先まで真っ赤である。
「ふふーん、どう?うらやましいでしょ~私はゆーくんのためなら何でも出来るんだからね」
 はるかは勝ち誇ったような笑顔で見下ろしてくる。
(ムキー!)
 それに反応したトレミーの意識がどんどんと熱を帯びていくのがひしひしと伝わってくる。
(トレミー、落ち着け!)
 慌ててなだめようとするが、
「でも、絶対内緒よ?かのちゃんにだって言ってないんだからね」
 急に黙り込んでしまったトレミーに会心の一撃を食らわせたと踏んだはるかがダメ押しとばかりに
「べ、別にうらやましくなんか無いんだからっ!」
 一瞬にして身体の主導権を奪われ、そう捨て台詞を残して一目散にその場を立ち去るのだった。

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