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ラプラスの書 §2-7

またまた続きです。
憑依はあるけど美味しくないです。
あと、また戦闘。

ようやく§2も終わりが見えてきました。

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「深淵のプトレマイオス」

   【7】
「ゆーくん、私はクラス委員の集会があるから・・・」
「ああ」
 俺ははるかの方を振り向くことなく、そう答える。
 放課後。窓から射し込む僅かながらも強い日差しが、白いリノリウムの床に反射して間接照明のようにぼんやりと保健室を照らしていた。
 ガラガラ、バタン。はるかが保健室の引き戸を閉める音がする。
 結局、二人だけの水泳大会は二人とも溺れてしまったということになり、勝敗もうやむやになった。
 あの後、急いで町の診療所の先生を呼んでトレミーを見てもらったが、意識がない以外に特に異常は身請けられず、とりあえず様子見で寝かされてから二時間が経った。
 未だトレミーは目覚めていない。
 保健室のベッドの中で規則正しい呼吸を繰り返すその姿はまるで時間が止まってしまったかのようだった。綺麗に整った顔はこうしてみると本当に人形のようで、閉じられた睫毛の、その一本一本までが計算されているかのように綺麗なカーブを描き、放射状に広がっている。
 時折聞こえてくる野球部の声やボールを打つ音も穏やかな夕暮れ前の空気に溶けてしまい、喧噪とはほど遠い。
 やはり、原因はあの腕輪なのだろうか。
 ぽっかりと開いた時間と静寂は、あの後からずっと頭に張り付いて離れない考えを再び呼び起こす。
 勿論、実際に作るまでには何度も確認をしたし、実際にアルキメデスで試してもみた。
 その時だってうまく作動して、アルキメデスはさんざん焦って飛び回っていたのだ。
 やはり腕輪に問題は無いはずだ。
 ならば、何故目の前に横たわるトレミーは目を覚まさないのか。
 俺は魔術のどれだけを知っているというのか。
 いくら実験が成功したからといって、魔術なんていう得体の知れないもののすべてを分かった訳ではないし、自分が知らない副作用もあったのかもしれない。
 もし、このままトレミーが目を覚まさなかったら。
 俺はどうすればいいのだろう。もう、二度と失いたくないと心に決めたはずなのに。
 もう何週目だろうか。堂々巡りの考えがもう一度後悔を突きつけてきて、行き詰まった思考は溜息となって体の外に吐き出される。
「・・・はぁ」
 俺はただ、はるかとトレミーが仲良くなれたらと思ってやったことった。
 それすら余計なことだったのだろうか。
「ユークリッド・・・?」
 不意にそんな声が聞こえる。
 驚いて顔を上げてベッドに顔を向けると、不思議そうな顔でトレミーがこちらを見ていた。
 俺は驚きのあまり声を発することも忘れ、ただ呆然とその顔を見ていた。
「と、トレミーっ!」
 ようやく思考が追いついてきて、沸き上がってきた喜びに俺は思わずトレミーに抱きついていた。
 今、確かに俺の腕の中にある小さく華奢な、それでいて暖かい温もり。それを体いっぱいで感じて、ようやく安堵感が俺の中に広がっていった。
「・・・ここは?」
 苦しそうに呟かれた声にはっとして、俺は慌ててトレミーから離れる。
「あ、ああ。保健室だよ」
 トレミーはそのままぼうっとした顔でゆっくりとあたりを見渡す。
「トレミー?」
「・・・なに?」
「いや、その・・・大丈夫なのか?」
「・・・大丈夫」
 トレミーはまるで自分の体を確かめるように、自分の手を見て握ったり閉じたりを繰り返している。
 再び沈黙が立ちこめる。
 俺は沈黙に耐えかねて、何かすることは無いかと、あたりをキョロキョロと見回してから、席を立とうと腰を浮かしたときだった。
「ねぇ、家まで送ってくれない?」
 唐突にトレミーがそう言った。
「・・・え?」
「いいでしょ?」

 あの後、保健の先生にトレミーが目覚めたことを告げてから学校を出た。
 夕方にはまだ早く、いよいよ夏本番といった太陽の光が山全体を青々と照らし出して、それを喜ぶようにジーワジーワと蝉が鳴き狂っている。
 やはりまだ本調子でないのか、トレミーはいつものように俺に話しかけてくるようなことはなく、黙ったままぽつぽつと歩いていた。
 腕輪のこともあり、少し気後れしていた俺もなんだか声を掛けるのがためらわれて、ただ隣に並んで足を動かすことに専念していた。
 しばらく山沿いの道を歩いた後、トレミーが路地の一角を曲がる。
 そこは山間にあるちょっとした公園だった。公園と言ってもほとんど遊具のない、ただ少し開けた場所がある程度のものだったが。
「トレミー?」
 確かこの先には家なんて無かったはずだと少し疑問に思って、俺はトレミーに声を掛ける。
「ちょっと、お話ししない?」
 少し先に進んでから立ち止まったトレミーはこちらに振り向いてそう言った。
「話って?」
 唐突なその言葉に少し戸惑って、俺はそのまま聞き返えす。
 トレミーは少し沈黙した後でゆっくりと口を開いた。
「ユークリッドの持ってる魔導書、見せて欲しいな」
「・・・!」 
 まさかトレミーの口からその名前が出てくるとは思っていなかった俺は一瞬にして思考が硬直し、ただ呆然とトレミーを見返すしかなかった。
 トレミーは「魔導書」としか言わなかったが、それは間違いなく〈ラプラスの書〉の事だろう。
「・・・魔導書?」
 なんとか平静を装って知らないふりを通そうとするが、この長い沈黙の後では何の意味も持たない。
「お願い、ユークリッド。私にはアレが必要なの・・・」
 確実に俺が〈ラプラスの書〉を持っていると悟ったのだろう、いつの間にかすぐ近くにまで来ていたトレミーが俺に囁くように語りかけてくる。
「ね?だから。そうしたら、私がいいコトしてあげる」
 ずっと立ち尽くしたままだった俺にトレミーがそっと身を寄せて、その小さい手で俺の頬に触れてくる。
 お互いの息が掛かりそうなくらいの距離で囁かれた声。
 ふわっと香る甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「・・・っ!」
 俺は精一杯トレミーを突き飛ばす。
 何故だかは分からない。だが、俺の本能がそうさせていた。
 よろけたトレミーはうつむいたまま、目だけでこちらを見返してくる。
 その前髪の間にわずかに覗く口許がニィ、と大きく歪む。
「ほう、なかなか精神はしっかりしているようだ」
 あの柔らかい曲線が形作るいつもの無邪気な笑みとはほど遠い、全く異質な笑み。そして冷徹な瞳。それは決してトレミーが見せる表情ではなかった。

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「誰だ!」
 俺はほとんど反射的にそう叫んでいた。
 一瞬、驚いたかのような表情の後でトレミーは冷ややかに口許を緩める。
「ふふっ、何を言っているの?私はトレミー。トレミー・マヴデイル。まあ、君は忘れてしまったのかもしれないが・・・」
 せせら笑うように薄い笑みを口元に浮かべたままでトレミーはそう続ける。
「違う!」
 今ならはっきりと分かる。こいつはトレミーじゃない!
「では、違ったらどうする?」
 もう隠す必要もないと判断したのか、突如としてトレミーの口調が一変する。
 ――まさか。
 俺の中で一つの可能性が浮かび上がる。
 トレミーに誰かが憑依している?
 俺自身、実際に他人に憑依する方法があることを身を持って体験している。
 つまりそれは方法さえ知っていれば、誰かがトレミーに憑依することも可能だということなのだ。
「アビスが任せておけと言うから好きにさせてやったんだが、そうもいっていられなくなってしまってね。まさかこんな事態になるとはな・・・」
「おまえは誰なんだ!」
「まあ、今はそんなことどうでも良いことさ。それより、大人しく〈ラプラスの書〉を渡してくれないかな。それが君のためでもあり、アビスのためでもあるんだ」
 まるで諭すように言葉を続けるトレミー。その迫力は目線は自分よりもずっと低いはずなのに、まるで高い所から見下ろされているように感じられる。
「嫌だ!早くトレミーから出て行け!」
 トレミーの口から俺の知らない誰かの口調が聞こえることに得体の知れない嫌悪感が沸き上がり、思わず俺は大声で叫んでいた。
「フン、これだから子供は好きになれんな」
 トレミー、いやトレミーを操っている何者かは俺のむき出しの感情にもどこ吹く風で、呆れたように息を吐くと、ゆっくりと腕を挙げていく。
 キーン、とあの魔力が集中していく音が響く。
 その音に応じるようにして、軽く握られた手の周りの空気がまるで陽炎のようにゆらゆらと揺れる。
 わずかに口許を緩めたトレミーは腕をゆっくりと斜めに振りかぶって、一気に振り下ろす。
 ビュッ!と鋭い音が俺のすぐ横を一瞬で通過し、少し遅れて凄まじい風圧が一瞬にして俺の真横を切り裂いていく。
 そのあまりの風圧に深く抉られた地面の土が後ろに吹き飛ばされて、ガン、ガンッと林の木々に荒々しく打ち付けられる。
「おっと、うまく制御できないな。危うく当ててしまうところだった」
 今、明らかにトレミーが腕を振ったら風が起きた。
 その信じられない事実を目の前にして、不意に〈ラプラスの書〉の一説が俺の脳裏をよぎる。
 ――『高度魔術変換』。
 自身の魔力をそのまま自然元素に変換し、それを操作する。手から火を出したり、水を操ったり、という正に『魔法』と呼ぶにふさわしい技術。
〈ラプラスの書〉にもその魔術の実行方法は書かれていたが、自分には到底出来るわけがないと最初から諦めてしまうほど、強大な魔力と高度な魔術が必要だった。
 それをトレミーに乗り移っている何者かは易々と使って見せたのだ。
 つまり、俺の前にいるのは紛れも無く本物の魔術師!
「やはり二つを同時にというのはなかなか厳しいようだ」
 今は自分の物となったトレミーの手を眺めて、その魔術師らしい何者かは驚いたようにそう呟く。
 俺はもう一度その抉れた地面を見て愕然とする。
 その深さは優に10センチ以上あり、その鋭角な形が風刃の鋭さを物語っていた。こんなのをまともに食らったら大怪我で済むはずもなく、腕や足の一本ぐらい簡単に持って行かれてしまうだろう。
「くそっ!」
 俺は一瞬で踵を返し、脱兎のごとく公園の出口へと駆け出す。
 トレミーを何物かが憑依したままにするのは忍びないが、相手との戦力差が圧倒的である以上、とにかく一度距離を置いて体勢を立て直す他ない。その後でアルキメデスの協力や〈ラプラスの書〉を使って、なんとしてでもトレミーを取り戻してみせる。
 途中で振り向いて相手との距離を確認するも、既にそこにはトレミーの姿は無かった。
「そう慌てるなよ」
 と、すぐ横で声がして、足が何かに当たった。
 走るリズムを完全に逸した足が見事なまでに絡まり、バランスを立て直す余裕なんて一切無しにそのまま頭から地面に突っ込む。
 激しい衝撃とともに世界が二転三転したところでようやく止まる。
「せっかくのチャンスだ。逃がしはしない」
 ようやく上下感覚が戻ってきて、漂う砂埃の中、やっとの思いで上げた顔にトレミーの声が掛けられる。
 やはり魔力により肉体を強化できるトレミーの能力はそのままで、そんな相手に敵うはずが無かったのだ。
「また逃げられるとやっかいだな。とりあえず走れないようにでもしておくか」
 地面に顔を押しつけたまま何も出来ないでいる俺を見下ろして、トレミーはまるで何事でもないかのようにそう言ってのける。這いつくばりながらもなんとか目を動かしてトレミーを視界に入れると、既にその手は掲げるように高く挙げられていた。
 キーン、とあの魔力が上昇する音がどんどんと大きくなっていき、それに呼応するようにトレミーの右手に魔力が集中していくのが感じられる。
 また、あの魔術を使うのだ。
 凄まじい風刃が俺に向けられる、そう考えただけで体中に戦慄が走り、冷や汗がどっと吹き出してくる。
 逃げなくては、逃げなければ。
 俺はなんとか打開策を練ろうと必死に思考を巡らせるが、退路を断たれた閉塞感に思考は『危険』を告げるばかりで、ただ虚しく空回りするだけだった。
 目の前で蜃気楼に歪むトレミーの細い腕が、振り下ろされる。
 
 ドン!と激しく空気が爆ぜる音がした。
 
 静かになった。
 いままで散々暴れ回っていた風がピタリと止み、まるで時間が止まってしまったのかと思うほどに、なにも音がしない。
 俺は、死んでしまったのだろうか。
 あの凄まじい風刃が俺の足に向けられたのなら、俺の足など簡単に吹き飛んでいるに違いない。足だけで済めばいいが、もしかしたらさっきみたいに手元が狂って俺の頭を直撃しているのかもしれない。そうなれば俺は確実に生きてはいないだろう。
 
 でも、意識はある。
 俺は生きている。
 次第に遠ざかっていた感覚が戻ってくる。
 恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。
 俺の前には黒い背中があった。
「待たせたわね!」
 振り返ることなくその背中が言った。確かこの声は一度聞いたことがある。
「チッ、《ラファル》か」
 トレミーの苛立った声が聞こえる。その不機嫌な声は元のトレミーからは想像できないような心底ざらついた声音だった。
「そう!我らが〈ヘルメティカ〉の一番槍。『疾風』の名を頂く、特務即応部隊《ラファル》が一人、ノエル・エタンダール。ここに見参!」
 ビシッとトレミーを指さし、あの女性が宣言する。
 それはあのリサイクルショップに訪れた女性だった。
「まぁ、あなたには名乗る必要も意味も無いのでしょうけど。とにかく、私が来たからにはあなたに好き勝手させないわ!」
 言うが早いかノエルは地面を蹴った。
 彼女も魔力で肉体を強化しているのだろう、驚くほどの瞬発力により一瞬でトレミーの目前まで迫る。しかも最後の一歩を詰めんようとするときには既に大きく体をひねっていて、着地と同時に大きく振りかぶった拳に加速したスピードのすべてを載せてトレミーめがけて振り下ろす。
 ダンッ!とものすごい音がしてノエルの体が停止する。
 そのあまりの衝撃にあたりの砂埃が巻き上げられる。
「・・・!」
 まさか、と最悪の想像が俺の中をよぎる。
 俺を助けてくれはしたものの、あのノエルという女性の正体は未だ分からないのだ。もし、トレミーに憑依している何物かと敵対関係にあるのなら、憑依されているトレミーなどお構いなしに全力で攻撃することだって十分にあり得るのだ。
 ようやく晴れてきた砂埃の向こうに俺はトレミーの姿を探す。
 トレミーは立っていた。
 がっちりと組んだ腕でノエルの攻撃を真っ正面から受け止めていた。
「ほう、生身の人間にしてはよくやる。アビスの体でなければ腕が使い物にならなくなっていたな」
 すかさず反撃に出たトレミーの一撃を後ろに跳んで躱したノエルを興味深そうに眺めつつ、トレミーがそう言う。
 そしてすぐさまにノエルに飛びかかり、容赦のない攻撃を浴びせかけていく。
 飛び込んだ勢いを載せたトレミーの蹴りを一歩引いて紙一重で躱したノエルはそのまま左手でトレミーの足を流しつつ、上段から右の拳をトレミーの上半身めがけて振り抜く。
 が、その拳は素早く上半身をかがめたトレミーの体を捉えることはなく、空振りに終わった。すかさずしゃがんだ状態で着地したトレミーは立ち上がりざま反撃の肘打ちをノエルめがけて繰り出す。
 それを素早く察知したノエルは振り切った腕をとっさに戻し、トレミーの上腕と交差させてガードする。
 まるで達人同士の型を見ているかのような卓越した戦闘だった。
 だが、その一撃一撃が相手を仕留めんとする殺気を纏っていて、ここから遠目で見ているだけでもテレビなどで観るものとは鋭さが段違いであるということがはっきりと感じられた。
 その戦闘力はほぼ互角のように思えた。両者とも一進一退でどちらも譲らず、一方的に決め手の一撃を加えることは難しいようだった。
 そのまま幾度となく拳と蹴りの応酬をした後、間合いを取ったところで二人の間の空気が膠着する。
「それだけの運動能力、戦闘人形〈アサルトドール〉か・・・噂通り禁忌にどっぷり浸かっちゃってるってワケね」
 トレミーに対して隙間無く緊張を張り巡らせたまま、ノエルが苦々しくつぶやく。
「まあ、ある程度の抵抗は予想はしていたのでね」
 涼しい顔で言うトレミーに対し、ノエルは肩で息をしていて消耗が激しいのが一目瞭然だった。つぅ、とその頬を汗が一筋走る。
 その攻防を目の前して俺は手に汗握り眺めていることしか出来なかった。自分に入り込む余地など無いレベルであることは明らかで、ここで下手に動けば俺を守ってくれたあのノエルという人の足を引っ張ることにしかならないだろう。
「こっちだって、厳しい事は予想済みよ!」
 再びノエルが地面を蹴り、トレミーに向かって攻撃を仕掛けていく。
 筋力および持久力の強化されている生体人形に勝つには短期決戦しかないと踏んでいるのだろう。長期戦になればなるほど生身の肉体では疲労が蓄積してジリ貧に陥り、勝機は薄れてしまうのだ。
 だが、その攻撃は最初から比べれば明らかに鋭さに欠け、既に疲労が濃いことが伺える。
 やがて判断ミスか、あるいは疲労から体がついてこなくなってきたのか、一撃が大きく逸れてしまい、隙が生じてしまう。
 そこへすかさずトレミーの拳が襲いかかる。
 ノエルはかろうじてガードしたものの、その威力を相殺しきれずにそのまま2メートルほど吹っ飛ばされる。
「大丈夫か!?」
 俺は思わずノエルの元へと駆け寄っていた。
 何とか上半身を起こして声を掛ける。
「うぅ・・・」
 そう少しうめき声を上げたものの、ノエルは力なくぐったりとしたままだった。
「やっと同調が上手く合ってきてようだ」
 腕の中の重みに焦りが加速していく中で、冷ややかにトレミーの声が掛けられる。
 トレミーは絶対的な優位を確信しているのだろう、悠々と近づいてくる。
「ユークリッド君、大人しく〈ラプラスの書〉を渡してくれないか。そうすればすべてが丸く収まるんだ」
 ゆっくりと一歩ずつ近づきながらトレミーはそう続ける。
 一応こちらの意向を許そうという交渉の口調だが、この状況下では脅迫にしか聞こえない。むしろ、逆にそうせざるを得ない状況に追い込んでおきながら、自らに判断を下させるのは卑怯にも思える。
「・・・渡せばトレミーから出て行くのか?」
 少しの逡巡の後で俺はそう聞いていた。
「ああ。約束しよう」
 トレミーの表情がわずかに緩み、諭すようにそう答える。
「・・・ダメよ」
 決断の天秤が大きく揺らぎ、返答を決めかねている俺の耳に微かにそんな声が聞こえた。 驚いて視線を落とすと、眉をよせつつもノエルがまぶたを開けて、ゆっくりと自ら上半身を起こしていく。
「あイタタ・・・やっぱ戦闘人形相手はキツイわね」
 幸いそこまでのダメージはないようでノエルは頬を拭うと、殺気に満ちた目をトレミーに向け返してそう呟く。
「大丈夫なのか?」
「ええ、なんとかね。さすが、元司祭と言っても現場上がりだけあって手強いわね・・・しかも戦闘人形まで使ってるんだもの。勝てっこないわよ」
 ノエルはそう拗ねたように言い、どうしましょう、といった風に俺に視線をよこす。
 それは窮地を前にわざとおどけているのだろうと予想はついたが、俺にはそんな余裕はなかった。
「なんとかならないか?足手まといなのは分かってるけど、俺も協力する」
 俺にはもうこれ以上蚊帳の外で眺めているだけなんて耐えられなかった。自分に何が出来るかなんて見当もつかないが、それでもトレミーを取り戻すために何か出来るなら、何だってやってやると決心はついていた。
「フフン、言ってくれるじゃない。まったく頼もしい限りだわ」
 そう言いつつノエルは挑戦的な笑みを浮かべ、俺の意志を探るように視線を重ねてくる。
 その濃いブルーの瞳は深く、それでいて透き通っていて、虹彩が陽の光を反射してキラキラと煌めいていた。
「もちろん、まだ諦めたワケじゃないわ。戦闘人形にだって弱点はあるのよ」
 見つめ合っていたのはたった数秒だったが、その間に俺の瞳の中に何かを見つけたのか、不意にノエルの口元が緩み、不敵な笑みを形作る。
「なら、一瞬でいいから相手の気をそらせない?」
 そのノエルの問いかけに、俺は頭を巡らせる。
「・・・大丈夫だ。いい手がある」
「OK、まかせたわよ」
 俺のその返答にノエルは疑う素振りを全く見せることなく、そう力強く言った。
 顔を合わせたのもこれで二度目、ましてや一緒に戦う事なんてこれが初めてなのに、その瞳の中には確かな信頼の色があった。
「じゃ、いくわよ?」
 ノエルは再び立ち上がり、正面のトレミーを見据える。
「チッ、しぶといな」
 またもすんでの所で自分の思い通りに事が進まなかったことに苛立ったのだろう、憚ることなく舌打ちをしたトレミーがノエルを睨み据えてから、その斜め後ろに立つ俺に視線を移す。
「フン、女性にエスコートされるとはな。なかなかいい身分だな、ユークリッド君」
「そんなロリコン人形作るような変態に言われたくない、ってこの子が言ってるわよ?」
 ノエルはニヤリ、と口元を緩めさせる。この極限の緊張状態の中でその不敵な笑顔はとても頼もしく感じられる。
 だが、その表情とは裏腹に霊力と闘気が刻一刻と高まっていくのが分かった。
 殺気を前面に押し出し、威圧するようにトレミーに向ける。
「まったく残念だ。私はいつも平和的な解決を望むのだがな。いつも私の相手をするヤツはどうもそうではないらしい」
 だが、それにも全く動ずることなくトレミーは飄々とそう言ってのける。だが、その口調とは裏腹に既に霊力はピリピリと張り詰められていた。
「・・・せーのっ!」
 俺とノエルとのタイミングはぴったりだった。
 霊力によって脚力を強化したノエルが先ほど以上の猛烈なスピードでトレミーへと突進していく。
 と、同時に俺は真横に走り出す。目指すは公園の出口だ。
 二対一という数の上での有利。
 それを利用しない手はない。トレミーに憑依している何物かの狙いが俺の〈ラプラスの書〉である以上ヤツは最終的に俺に向かってくるしかない。
 もし仮にノエルを先に無力化してからこちらに迫ろうにも、その間に俺は逃げることが出来る。いくら普通の人間の足といえど全力で走ればある程度の距離は稼げるはず。
 俺のわずかな霊力を感知して追尾される可能性はあるが、その場合でもノエルとの戦闘中にもこちらに幾分か気を巡らせなければならず、その分は戦闘行為に隙が出来るはずだ。
 トレミーは素早く高められた霊力で空刃を放ってノエルを牽制すると、同時にこちらに駆けだして来る。とりあえずノエルは後回しにしてこちらを最優先することにしたらしい。
「っ!」
 想像はしていたが、やはり早い!
 優に十数メートルはあったであろう距離が一瞬にして半分ほど詰められてしまう。
 だが、これでヤツの動きは固定化された。その動きが速いからこそ途中で軌道を変更することは難しい。つまり、こちらに到着するまでの数秒間はまっすぐ俺に向かってくるしかないのだ。
 それは、狙っても当たらない的がわざわざ当たりに来るようなもの。
 俺は立ち止まり、真っ正面にトレミーの方を向いて両手を突き出す。
「・・・・・・」
 迫り来るトレミーの強大な霊力がひしひしと肌に伝わってくる。
 俺の心の中で恐怖や不安がひしめきあい、両手が震える。
 それでもなんとか雑念を押し込めて、トレミーの左手にはまったままになっている腕輪に意識を集中する。
 俺の霊力に反応したクウォーツが発動し、流れ込んできたトレミーの強大な霊力にクウォーツは焼き切れんばかりのまばゆい光を放つ。
 今トレミーが使っている霊力は水泳の時との比ではないほど膨大なもので、完全に霊力を遮断するまでにはいかないだろうが、戦闘を継続するには十分に煩わしいはずだ。
「・・・っ!」
 思惑通りある程度の霊力循環を阻害することにはなったようで、脚力の強化がままならなったらしく、トレミーの走るスピードががくんと下がる。
「くっ、子供だましが!」
 すぐさまに異変の原因に気づいたトレミーはバチン、と腕輪を引きちぎる。
 そのまま、引きちぎったクウォーツの一つを俺に向けて指弾で弾いた。
「ッ!」
 俺は思わず体をひねって躱わす。ビュ、と耳元で鋭く風を切る音がして、バスッと後ろの地面にクウォーツが突き刺さる。間一髪だった。
 キーン、というあの霊力が上昇する音に気づいて、慌てて前をに視線を戻すと、霊力を上昇させたトレミーが今度こそ俺に襲いかかろうと、ぐっと地面を踏みしめていた。
 やられるっ!
 その殺気に満ちたトレミーの視線を受けて俺の本能が生命の危機を告げる。
「こっちよ!」
 だが、そのときには既にノエルがトレミーの懐に飛び込んでいた。
 トレミーもすぐさま対応しようと一瞬で力を緩めてノエルの方に体を向き直らせようとするが、ノエルの方がわずかに早い。
「くらえっ!」
 ノエルが魔術が発動し、淡く光を纏った拳をトレミーめがけて叩き込む。
 至近距離からノエルの一撃を受けたトレミーはまるで電気ショックにでもあったかのように一瞬で硬直し、ふっと力が抜ける。
「・・・ふぅ」
 力なく倒れ込んできたトレミーを優しく抱き留めて、ノエルがこちらに微笑む。
「やるじゃん、少年」
 ノエルは勝ち気な笑みを浮かべて、ぐっと親指を立てたのだった。
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どうも、久々に訪問しましたk27です。
今回も楽しまさせて頂きました。 バトル成分が豊富で良かったですよ。自分は様々な成分がTS成分と絡むのがツボな人間ですから、存分に楽しまさせて頂きました。
いや~、ストーリーが一気に動きましたね。
新たな登場人物も迎え、彼等の正体が気になるばかりですね。


それとetaさん。今度時間がありましたら、色々と話でもしましょう。 今まで、リアルが少し多忙でしたが、ようやく過ぎてくれましたので。
宜しくお願いします。

コメントありがとうございます!

感想どうもありがとうございます~
やっぱりキャラクターが立ってるほどTSしたときの効果が大きいかなと思うので出来るだけ周りの話も固めるようにしてるんですが、逆に詰め込みすぎて筆が進まなかったり、TS要素が少なくなってしまったり、と本末転倒になってますw
§2は次が最大の見せ場です。ついにトレミーの正体が明らかに?
乞うご期待です。早く書かないと・・・

自分もK27さんとお話したいです~
まさやんさんのところの絵チャに週末はよく出没しますので、見かけたら声を掛けてやって下さいまし。
自分の他にも素晴らしい絵師の方がよく見えるので色々とお話しするのも面白いですよ~
それでは。
プロフィール

eta

Author:eta
まあ、適当に。

当ブログはTS(性転換)及び性的描写を取り扱います。
18歳未満の方、興味の無い方の閲覧はご遠慮下さい。

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