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ラプラスの書 §2-4

またまたすこし間が開いてしまいました。

最近は花粉がひどいですね。
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【4】
 はるかは翌日もいつもと変わらぬ時間に、いつものように家に来た。
 顔を合わせたときに気まずい雰囲気になったが、それも一瞬だった。
「おはよう、はるか」
 今日は俺から口を開いた。
「おはよ、ゆーくん」
 はるかは笑って、いつものようにそう言った。

「昨日は悪かったな」
 二人で並んで学校への通学路を進む途中、俺は勤めてさりげなくそう切り出した。
 はるかとは何度か喧嘩したこともあるが、やはりこちらから謝るときは少し気恥ずかしい。
「いいの。私もついカッとなっちゃったし・・・」
 はるかはふるふると首を振った後、すこしうつむきながら小さくそう言った。ふわりと舞った黒髪が日の光を浴びて艶やかに光る。
「なんでそこまでトレミーに張り合うんだ?」
「転校してきた子に好き勝手されちゃクラス委員のメンツってものが立たないでしょ?」
 やはり俺の口からトレミーのことが出てきたのが面白くないのだろう、はるかは少しツンとすましてそういった。
「そういうものか?」
「そういうものなの」
 取り付く島もないはるかの即答に前途の多難さを痛感して、俺は空を仰ぐ。
「なんだかんだいって、お前らは似てると思うんだけどなぁ」
 山と山の間を青く埋める空は今日も澄んでいて、かすかな願いが口からこぼれた。
「私、あんなに子供じゃないもん」
「そういうことじゃなくてだな・・・」
 やっぱり、二人は似ていると思う。
 外見も性格も正反対な二人だが、きっとなにか同じものを持っている気がする。
 それがお互いに反発しあって、意地を張ってしまうのだろう。
「どうだ、今度お前も一緒に食べないか?」
「嫌よ。折角の給食の時間が台無しになっちゃうわ」
「きっと、お前らはいい友達になれると思うんだがな」
 さんさんと射す日差しはもうすっかり夏気分で、時にはセミの声もちらほら聞こえてくくるようになってきていた。

 中学2年生の育ち盛りの体は給食の時間を前にして既にエネルギーを使い果たし、俺はぐったりと机に伏せていた。
 幸い数学の佐藤は居眠りには寛容で、こうして机に伏したまま授業も終盤にさしかかろうとしていたが、お構いなしに授業は淡々と進んでいる。
 まあ、寛容というよりは既に放任されているのかもしれないが。
 とにかく、ほんのりと熱を帯びた初夏の日差しが射すお昼前の教室はとても心地がいい。
「ねぇねぇ、ユークリッド」
 そうしてまどろみの中を漂っていると、俺だけに聞こえるようにトレミーが声を潜めて呼びかけてくる。
 だが、俺はそれに答えることが出来なかった。
 俺がトレミーの声を聞き終わる頃には既にはるかの視線が突き刺さっていたのだ。
 はるかの席はここから10メートルぐらい離れているはずだが、トレミーが俺に話しかけたことをすかさず感知していた。間違いなく教壇に立つ先生以上にはるかは教室全体に警戒の糸を張り巡らせているのだった。
 今朝のことではるかの視線に昨日ほどの鋭さは無かったが、だからといってトレミーを野放しにしていくつもりも無いらしい。
 俺もさすがに昨日のことがあるので、居眠りしているフリをしてなんとかやり過ごそうとする。だが、トレミーも昨日の一件で味を占めたらしく、今日は諦めることなく俺に話しかけ続けていた。
「ねぇってばぁ」
 そうして何度目かの「ねぇ」が俺に掛けられたときだった。
「キ、キミ。今は授業中だぞ?」
 トレミーの「ねぇ」は次第に結構な大きさになっていき、最初は大目に見ていたらしい数学の佐藤もさすがに我慢の限界を超えたらしく、神経質に眼鏡を直しながらトレミーに注意する。
「はーい、すみませーん」
 だが、当のトレミーは慣れたもので、そう心のこもっていない声を返す。このあたりは転校二日目にして早くも心得たようだった。
「んもぅ、ちょっとぐらい話してもいいじゃない・・・」
 トレミーはぶつぶつと不満を漏らしながらも、俺に話すのをあきらめて机に突っ伏す。
 そのまましばらくは大人しくしていたが、数分経ってほとぼりが冷めたと踏んだトレミーは隙をみて「ねぇ、ねぇ」とまた声をかけてくる。
「じゃあ、ここ。えーと、マヴデイルだっけ?君、やってみなさい」
 そこへ狙っていたとしか思えないほど絶妙のタイミングで佐藤がトレミーを指名する。
「えー」
「ちゃんと話を聞いていないからそうなるんだ、次回から・・」
「わかったわよ、やればいいんでしょ」
 してやったりと小言をつぶやきだした佐藤の声を遮って、立ち上がったトレミーがそう言って黒板へと向かっていく。
 だが、黒板に書かれたその幾何学模様は授業ではおろか、およそ教科書にも載っていないような見るからに難しそうな問題だった。
「ふふん、どうしたんだい。解かるんじゃなかったのかな?」
 解けないと踏んでいるのだろう、佐藤がトレミーにイヤミな言葉を投げかける。
 さすがは性格の悪い数学の佐藤。こんなのいくらマジメに授業を聞いていても解かるわけがない。とにかくトレミーにひと恥かかせたいのだ。
 トレミーも黒板を前に立ち尽くした様子だった。
 無理もない。ここぞとばかりにトレミーに答えをこっそり教えて良いところを見せようとしていたらしいクラス一の秀才、湯山ですら頭を抱えているほどの難問だ。
 トレミーはうつむき、目を閉じている。
 なにかに集中しているようだった。
「・・・!」
 ――まただ。
 確かに霊力を感じる。
 今度は間違いない。それは確実にトレミーから発せられていた。
「答えは3です!」
 ビシっ、と先生を指差し自信満々に解答を告げるトレミー。
「なっ、あてずっぽうで言っても解答したことにはならないぞ。式をかけ、式を」
「えー、面倒くさい」
 そういいつつもトレミーは目を瞑り、もう一度集中する。
 先刻ほどではないが霊力の高まりを感じる。
 そして、すらすらと黒板に大量の計算式を書いていく。
 なるほど、確かに複雑怪奇だがきっかけさえ掴めば面白いように式がまとまっていき、最後は単純な答えになる。いかにもパズルマニアの佐藤が好きそうな問題だった。
 しかし、そのきっかけが巧妙に隠されており、膨大な計算の量もあって、とても暗算で解答できるような代物ではないのは確かだ。
「せ、正解だ・・・」
 その佐藤の鳩が豆鉄砲を喰らったような顔に満足したのか、トレミーが得意げな顔でこちらに戻ってくる。
ptr04.jpg
「ぶいっ」
 ブイサインを送るトレミーに俺はあっけにとられていた。
 こいつは一体、何者なんだ?

 今日は昨日とは打って変わってにぎやかな昼食となった。
メンバーは4人。
 まず、俺。
 そして昨日のことに味を占めて早速机をくっつけてきたトレミー。
 次に加持。どうやら俺のツテをたよってトレミーに近づこうという魂胆らしい。
 最後にはるか。朝はああ言っていたものの、やはり放っておくことが出来ずに直接監視に来たのだろう。「ここ、いいかしら?」と威圧する笑顔をトレミーに向けて、返事をする間も与えずに席についてしまったのだ。
 ちなみに席は俺の隣に加持、向かいにトレミー、その隣にはるかといった感じだ。
 他の席も昨日と同様ワイワイとにぎわっているものの、どこか雰囲気がぎこちない。
 誰もが話をしながらも神経の一部をこちらに振り向けているようだった。
 昨日からすれば人数は倍増したはずなのに、給食を食べ初めてしばらくは全員が無言だった。
「トレミーちゃんて、頭いいんだね」
 そんな妙な雰囲気もどこ吹く風の加路はせっかくのチャンスを逃すまいと機を見て早速トレミーに声を掛ける。
「あんなの簡単よ」
 加路を俺の友人として認識したのか、トレミーは加路の質問に一蹴することなく答えるが、それでもずいぶんと殺伐とした返事で隙は見せていない。
「ねぇ、トレミーちゃん、今度どっか行こうよ。こんなネクラほっといてさ」
「誰がネクラだ。昨日、俺を裏切り者扱いしたのはどこの誰だったか?」
「そんなこというなよ、俺とユウの間じゃないかぁ」
 加持が馴れ馴れしくこちらに肩を寄せてくる。ええい鬱陶しい。
「そんなことより、ほら。遊園地とかさ」
「遊園地?」
「そう、近くに出来たんだ」
 加路はトレミーが興味を示したらしい僅かな表情を見逃さず、ポケットからチラシを取り出してトレミーに渡す。コイツ、こういうことだけは用意が良い。
「ふぅ~ん」
 チラシを受け取って眺めていたトレミーは興味無さそうにそう言ったが、言葉とは裏腹に丸っこいマスコットがデカデカと書かれたそのチラシに視線が止まったままになっている。
「なあ、霞野はどうなんだ。今度、皆で行かないか?」
 トレミーが興味を示したのに何かきっかけを掴んだと踏んだらしく、加持はすかさず話題を広げようとはるかにも話を振る。
「私、お祭りの練習があるから」
 ぶつりと会話が途切れた。
 その後も加路が必死に場を盛り上げようとするが、それもすべて虚しく空振りに終わり再びあの嫌に張り詰めた緊張感が漂ってくる。
 俺は軽くため息を付いて、とりあえず食事に集中することにした。
 今日は豪勢に酢豚だった。
 中華好きの俺にとっては結構なご馳走だ。いい感じに甘酸っぱく味付けされたトロトロのあんが歯応えのいい野菜に絡んで、絶妙な味のハーモニーを奏でている。
 俺がそうして美味そうに酢豚を食べていると、突然俺の酢豚の皿にニンジンが載せられる。その後もまるで息の合った餅つきのように俺の箸の動きに合わせてニンジンがどんどんと増えていく。
「まったく・・・」
 犯人は見るまでもなく加持だ。別にニンジンは嫌いじゃないが、折角の味のハーモニーが崩れてしまうのが悔しい。
 そうして、ふと自分が食べている酢豚の具に気づいた。
 ニンジン、ピーマン、タマネギ。
 その三つに共通するキーワードが浮かんで、それを確認すべくはるかとトレミーの机を見渡す。
 目の前のトレミーは昨日と同じようにタマネギだけよけていた。
 隣のはるかの皿も他の二人と同様に細長く切られたピーマンが丁寧によけられていた。
 俺のその視線に気づいたのか、こちらを見たはるかと視線が合ってしまう。
「なによ、たかがピーマンぐらい!」
 待て、俺はまだ何も言っていない。
 だが、はるかは既に何かを感じ取ってしまい、それを否定せんと整然と並べられている鮮やかに色づいたピーマンを一箸で掴み、目の前に掲げるようにする。
 威勢よく言ったものの、箸を持つはるかの腕はふるふると震えていた。
 しかし、もう既に俺を含めた三人の視線がはるかに集中していて、もう引くことは出来ない雰囲気だ。
「うぅ・・・」
 その視線にたじろいだのか、少しおびえたように声を漏らしたはるかだったが、ついには意を決したらしく、ぎゅっと目を閉じてぱくっ、とピーマンを口の中に運ぶ。
 みるみるうちにはるかの眉間に皺がよっていき、口の中にピーマンのあの独特の風味が広がっていくさまが容易に連想される。
 それでもはるかは気合でもぐもぐと口を動かし、ごっくんと飲み込む。
 やはり相当嫌いだったのだろう、牛乳で口直しをしたはるかの目尻にはうっすらと涙が浮かんでいるほどだった。
「マブデイルさん、好き嫌いしてると大きくなれないわよ?」
 それでも何とか落ち着いたはるかはとびっきりの委員長スマイルでトレミーを牽制する。
「ほら、私も食べたんだから。マブデイルさんも」
 慈愛に満ちたマリア様のようなはるかの笑顔から容赦ないプレッシャーがトレミーにぶつけられている。
 それほどまでにはるかは俺がトレミーのタマネギを食べることを阻止したいらしい。
「いーもん、大きくなれなくても。そんな余計な脂肪付いてても何の役にも立たないんだから!」
 トレミーははるかというよりは明らかにその胸に敵対心を燃やしているようだった。別にはるかは胸のことを言ったわけじゃないと思うが。
「なっ!」
「だから、ユークリッドお願い」
 さすがに『余計な脂肪』扱いされたのが癪に障ったのか、声を張り上げるはるかをまるっきり無視してトレミーが俺のほうに食器を差し出してくる。
 だが、その差し出した食器からはるかが目にも留まらぬ箸捌きでタマネギをかっさらう。
 もぐもぐ、ごっくん。
「あーら、こんなにおいしいのに」
 にっこり。これみよがしなまでの笑顔ではるかはトレミーに語りかける。
「キーっ、なんなのよアンタ!私はユークリッドに食べてもらいたかったんだから!」
「そっちこそ、ゆーくんに近寄らないでよ!」
 あれよあれよという間に二人はヒートアップし、ついには席を立ってお互いに真正面で睨み合いを始める。
 クラス中の視線が痛い。
 どこからともなく「修羅場だ、修羅場!」という声が聞こえてくる。
 ねぇ、俺なんか悪い事した?
 そう胸の中で誰に言うでもなくこの世の不条理を嘆きながら、俺は二人を制止すべく席を立つ。
「お前らいい加減にしろよな、みんなが困ってるだろ」
 俺が一番困ってるんだけどね。と、口中に呟きつつ俺は二人の間に割って入る。
「・・・ゴメン。この子がいけないのよ、ワガママばっかり言うから・・」
 はっ、とあたりを見渡し、教室中の奇異の視線が自分に向けられていることに気付いてしゅんとしおれるはるか。
「なによー、アンタがいちいち突っかかってくるんじゃない」
 だが、トレミーが消えかかった火に油を注ぐことを忘れない。
「なんですって!」
「だーかーら、やめろっての」
 俺は少し声を張り上げ、再び燃え上がろうとする二人を未然に消火して、大きくため息を吐く。
「アンタ、一体ユークリッドの何なのよ?」
 だが、それでも燻った火種が絶える事はなく、トレミーははるかに探るような目つきでそう問いかける。
「それは、その・・・幼馴染よ!」
 突然の追求に一瞬言い淀むはるかだったが、最も一般的な回答を選んだらしい。
「ふーん、幼馴染ねぇ・・・」
 トレミーは流し目で値踏みするようにはるかを見る。
 そしてふふん、と不敵な笑みを口に浮かべ、改めてはるかに向き直る。
「わたしはユークリッドのこと、好きよ!」
 トレミーは言い終わると同時に俺に飛びついてくる。
 身長差があるので今度は頭に抱きつかれることはなかったが、ふわっとしたやわらかい体重を感じたかと思うと、俺の頬に何か暖かいものが触れる。
 それがトレミーの唇だと気づいたのは、遅れてやってきたあの甘い匂いを感じてからだった。
「「なっ・・」」
 俺とはるかは同時に声を上げる。
「ちょ、なにしてるの!離れなさいよ!」
 いきなり目の前で起きた出来事にすっかり慌てたはるかは、俺から引き剥がそうとトレミーをグイグイ引っ張る。
「好きだからいいんだもん!」
 トレミーも引き剥がされまいと必死に俺にしがみついてくる。あの、痛いんですが。
「あなたまだ転校してきたばかりじゃない!ゆーくんの何が分かるって言うのよ」
「愛に理由なんて無いのっ!教室に入ったときにビビッときたんだから!」
 感情的に反論するトレミーだったが、ふと何かに気づいたように動きを止めてニヤリと不敵に笑う。
「あなた、ユークリッドの彼女じゃないんでしょ?だったら口出ししないでよ」
 トレミーは取れたて新鮮な言質を振りかざし、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
 はるかはそれを前にぐっ、と息を呑むが、ここで引き下がるはずもない。
「私には幼馴染として、クラス委員として、ゆーくんを監督する義務があるの!」
 いや、さすがにそれは無理があると思うんですが。
「くっ」
 明らかに無茶苦茶な理論なのは間違いない。だが、トレミーが本当にそれで納得しているのか、感情的になってそこまで頭が回っていないのかは分からないが、はるかの反論に返す言葉を見つけられないでいるらしい。
「こうなったら白黒はっきりつけようじゃないのよ!」
「望むところよ!」
 数秒の張り詰めた沈黙の後、トレミーがビシッと声高らかに宣言する。
 とにかく、『どちらが上か決着をつける』ことが必要であるという認識は二人に共通しているようだった。
「勝負方法はゆーくんが決めて」
「えっ?」
 とりあえず事態の推移を眺めていただけの俺は藪から棒に振られたはるかの声に思わずそう声を漏らしてしまっていた。もちろん頭の中は真っ白。
「じゃぁ・・・」
「じゃんけんっていうのは無しよ?」
「ですよね~」
 俺は喉まで出掛かった言葉をむりやり飲み込んで、慌ててはるかに同意する。
「ゆーくん、まさかこんな大事な勝負をそんなことで決めようと思ってたの?」
「ま、まさか。そんなはずある訳ないだろ?」
 更にはるかはジト目で疑惑の視線を送ってくる。かといって何かいい勝負方法がぱっと思いつくわけもなく、せめて疑惑の視線から逃れようとそらした視線の先、加路に俺は助けを求める。
 俺のアイコンタクトが伝わったのか、加路は「皆まで言うな」といわんばかりの笑みを浮かべる。おお、分かってくれたか。
「ユウ、これを使ってくれ」
 加路はおもむろに何か一枚の紙を取り出し、俺の目の前に差し出した。
 俺は託されるまま紙を受け取り、そのあまりの内容にはっと加路の顔を見返す。
「加路、おまえ・・・」
「いいってことよ。オレたち友達だろ?」
 そう言った加持は昔の少年漫画の主人公がやるように照れくさそうに鼻の下を人差し指でこする。
「加路、気にすることはない。勉強だけがすべてじゃないさ」
 俺は勤めてやさしく加路にそう語り掛ける。それほどまでに受け取った国語の小テストの結果は壊滅的な点数だった。
「違う、裏、裏っ!」
 その加路の慌てっぷりに急いで小テストのプリントを裏返す。そこには何本かの長い線と、その隣の線同士をつなぐ短い線が何本も引いてあり、桁のまだらな梯子を何本か合体したような模様が描かれていた。
「こ、これは・・・」
「そう、あみだくじだ」
 自信に満ちた表情で加路はそう答えた。
「この一番下にオレが考えた公平な勝負方法が書いてある。お前の手でその中からひとつを選ぶんだ」
 加路のその説明に、俺は一番下の二つ折りされた部分をちらりと見る。そこには『腕相撲』とか『山手線ゲーム』とか古今東西のあらゆる対決方法が記されていた。
「これで対戦種目を決めようって言うのか」
「そうだ。第三者による公平な抽選なら二人も納得だろ?」
 加路がトレミーとはるかのほうを見やり、二人に同意を求める。
「そうね」
「何でもいいわ」
 二人は反対方向を向いたまま、それぞれ答える。
「おーっと、対戦者のお二人は見ちゃいけないぜ」
 はるかがその紙を覗こうとするのを察した加路はさっと紙を手元に引き寄せる。
「勝負方法ぐらい確認させてよ。何か変なのが入ってたら困るじゃない」
 その態度に不信感を覚えたらしいはるかはむっとして加路に詰め寄る。
「いーわよ。わたしはそんなの気にしないわ。どんな勝負方法だって、わたしが勝つに決まってるんだから」
 だが、トレミーははるかが勝負方法に難癖をつけようとしていると感じたらしく、牽制すべくそう言う。
「それとも、私に負けるのが怖いとか?」
 抜け目なく挑発も忘れない。
「そんなわけないでしょ?」
 はるかもちゃんと売り言葉を買い言葉で返す。
「やるのか、やらないのか。どうするんだ?」
 再び睨み合いが始まろうとしていたが、そこに加路が結論を急かすようにそう二人に問いかける。
「いいわ。何だってやってやろうじゃない」
 その加路の問いかけに、はるかはそう答えて不敵な笑みを浮かべた。
 
「よし、これだ」
 そして3人が見守る中、俺はスタート部以外を隠されたあみだくじのいくつもの線の中からひとつを選ぶ。
「それでは、よござんすか?」
 加路はわざと背中を丸め、さも賭博師がサイコロを投げ入れるときのような口調でそう言った。そうして一同を見渡してから、おもむろに人差し指をあみだくじの書かれた紙の上に持っていく。  
「あみだくじ~あみだくじ~♪」
 独特のあみだくじソングを奏でながら、加路の指が滑らかにプリントの線の上をなぞっていく。
 右へ下へ、左へ下へ。右へ下へ。
 そしてついに一番下まで到着し、折り曲げられていた部分が開かれていく。
「結果は・・・『体育』!」
 加路が声高らかに対決種目を読み上げる。
「もう勝負は決まったようなものね」
 それを聞いたはるかが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
 それもそのはず、確か来週の体育の授業は陸上競技だったからだ。
 トレミーは転校したばかりで知らないだろうが、はるかは結構運動神経がいい。
 小さい頃から鬼ごっこなどで鍛えていたので、特にかけっこなどは得意中の得意なのだ。
日ごろから鍛えている陸上部の連中には敵わないだろうが、それでもリレーのメンバーが足りないときとかはよく勧誘されているほどだ。
 対するトレミーはいかにも小柄で細い。体格だけで運動能力が決まるものではないが、十分に影響するのは間違いない。
「トレミー。いいのか?来週の体育は・・・」
「この子が良いっていってるんだからそれでいいんじゃない?」
 俺の声を遮ってはるかがそう言う。もちろん、トレミーが種目を変更しないよう牽制するためだ。
「もちろん。それでいいわ」
 だが、トレミーは臆するどころか自信満々にそう答える。
 その表情は既に自分の勝利を確信しているかのようだった。
 俺は先ほど見た対戦種目に体育なんてなかったことが気にかかり、隙を見て加路の手からプリントを奪うと種目の部分を全部めくってみる。
「な、なんだこれ」
 『ツイスターゲーム』『制服でリンボーダンス』『野球拳』などロクなことが書いてない。
 よくよく表を見れば国語の小テストではなく数学の小テストになっていた。つまりは加路があみだくじをする直前に紙を入れ替えたのだ。
 テストの結果については友人としてあえて触れないでおく。
「加路!これは」
「ちっ、無難なヤツになったな。まあいいか」
 再びにらみ合っているトレミーとはるかを遠い視線で見ながら加路は何かブツブツとつぶやいていた。
 コ、コイツ・・・
 加路は二人が対立しているのをいいことに、どさくさにまぎれて二人に変なことをさせようとしていたのだ。しかも発想がオヤジっぽい。
 俺が体育以外を引いていても対立している二人は場の雰囲気に流されてクラスのみんなの前で恥ずかしいことをさせられていたに違いない。
 俺は改めて加路に目をやる。コイツには油断しないようにしなければ。
「次の体育の授業は来週ね。楽しみだわ」
「そっちこそ、逃げ出すんじゃないわよ?」
 俺の不安をよそにトレミーとはるかはお互いにバチバチと視線を戦わせていた。

 その後の掃除の時間も『見回り』と称してはるかがやってきて、ギャーギャーとトレミーと張り合っていたので、俺は一瞬として気の抜ける時間がなかった。
 昼休みになり、あいかわらず対立を続ける二人からそっと抜け出してトイレで一息ついた後、教室に戻る途中で不意に木津に声を掛けられた。
「ユウも大変ね」
「やっと分かってくれたか」
「だんだん気の毒になってきたわ。見てて面白いから放置するけど」
 さらっと薄情なこというなよ。
「で、どうなの。何か分かったことはある?」
「魔法が使えるみたいだ」とは馬鹿にされるだけなので言わない。
「悪い、まだ何も」
「そう。彼女、結構やり手みたいだからねぇ。なかなか尻尾を掴むのは難しいかもね」
 どうやら木津の中ではすっかりトレミーは悪役になっているらしい。
「そういえば、転校する前にクラスの名簿って見るものなのか?」
 俺は木津ならば何か知っているかもしれないと、昨日からずっと気になっていたことを聞いてみる。
「うーん、そんなことはないと思うけど」
「そうだよなぁ」
 もし、たとえ俺の田中・ユークリッド・勇というヘンテコな名前が気になったのだとしても、写真の載っていないクラス名簿だけでは顔までは分からないだろうし。
 確かに俺は一応クォーターではあるが、外見上はほとんどクラスの奴等と変わりないので、クラスに入ってきた時点で俺が『ユークリッド』だと分かったとは考えにくい。
「なんで?」
「初対面でいきなり名前を呼ばれたような気がしたからな。もしかしてと思ってだな」
「昨日も聞いたけど、本当に初対面なの?」
「そのはずだ。あんな強力なキャラクター一度会ったら忘れようがないだろ?」
 そう言いつつ、もう一度自分の頭の中をぐるっと探ってみるが、やはりトレミーに関する情報は出てこなかった。
 だが、確かにどこかで見たような気がする。
 いつ、どこで、だとか具体的な場所が浮かばないし、そもそもはっきりとしたイメージではないが、トレミーの顔を思い出すと頭の中のどこかの記憶が反応するのだ。
 それだってひとつに集約された記憶ではなく、いくつかにまとまった記憶の全体がぼやっと反応するようなおぼろげな感覚でしかない。
「そうよねぇ。私たちは幼稚園のころからずっと一緒だったからユウが知ってるなら私も知ってるはずだもの。それか幼稚園の前、ユウがこっちに来る前のことかしら?」
「だとしたら、俺が忘れているだけかもしれないな」
 俺の家は幼稚園の頃こちらに越してきた。
 そして、こちらに来る前の記憶はかなりおぼろげだった。
 大きな暖炉があったような気がするとか、そういった記憶はあるが、もうほとんど思い出すことが出来ない。しかし、誰だってそんな幼い頃の記憶なんてはっきり覚えているものでもないだろう。
「何にしろ怪しいのは確かね。住所も特別な事情があるからとかいって、先生も教えてくれないのよ」
「確かにそうかもな」
 一応、同意の意思を示しておくが、俺の中で何か引っかかるものがあるのも確かだった。
 わざわざ外国から転校してくるような家庭だ。俺たちには計り知れない、あるいは立ち入っちゃいけない問題があるかもしれない。
 その戸惑いを感じ取ったのか、木津はむっと俺の顔を覗き込む。
「ちゃんとやらないと、この前はるかにコスプレさせた事、学校新聞に載せるからね!」
「だから、あれはコスプレじゃないって。除霊に必要だったんだ」
 俺は内心冷や汗を書きながら、勤めて冷静に弁明をする。
「そんなの誰が信じるかしら?」
 うつむいた木津の眼鏡が怪しく光り、すぅと口元を緩めさせる。
「最近は大きな事件も起きてないからねぇ。みんな退屈してるんじゃないかしら。そんなときに醜聞なんか聞いたら、ここぞとばかりに反応するんじゃない?」
 うわ、まるっきり脅迫ですよ。
「真実を世に示すのがジャーナリストの使命じゃないのか?」
 俺はジャーナリストの良心に訴えるべく木津に問いかける。
「大衆は常に刺激を求めているのよ。娯楽を提供するのもジャーナリストの使命よ」
 だが、そんなの蛙面に水の様子で木津は平然とそう言ってのける。
 娯楽を提供するのはエンターテイナーの仕事だ。と内心に毒づきながらも、ここで下手なことを言えば俺の社会生命が終わることは想像に難くない。
「わ、分かったよ。出来る限り協力する」
 俺は涙を飲んで偏向報道に屈することにした。これ以上学校生活に支障が出るのは勘弁だ。
「よろしい。頼んだわよ」
 木津は満足そうにそう微笑むと、さっさと廊下の先に消えていく。
 なんか俺の幼馴染ってロクなのがいない気がしてきた。
 
「今年は急遽プール開きを早めるそうです。来週の体育の授業は水着を忘れないようにね」
 その日の帰りのHR、水谷先生の一言ですべての算段は狂ってしまった。
 ヒャッホーッ!と喜びに震える教室の中、対照的に愕然とする生徒が一人。
「な、なんで・・・」
 はるかだった。
 陸上のスポーツはほぼ万能のはるかだったが、なぜか水泳だけはからっきしダメだった。
 さらにまずいことに、その表情にトレミーが目ざとく気づいてしまったらしい。
 HRが終わり、帰り支度をするはるかに悠々とトレミーが話しかける。
「クラス委員さん、次の体育の授業が楽しみねぇ」
「そ、そうね」
 あからさまに歯切れの悪い返事をするはるかにトレミーは完全にはるかが泳げないことに気付いてしまったらしい。 ニヤリ、と新しいおもちゃを見つけたときのようにその薄い唇を吊り上げる。
「あ~ら、どうしたの。まさか泳げないとか?」
 そして、さもわざとらしくはるかに問いかける。
「そんなことないもん・・・」
 それに対して視線をそらして小さくつぶやくはるか。いまや完全に立場が入れ替わっていた。
「いーわよ?わたしは心が広いから。泣いて土下座しながら校内3週して謝ってくれるんだったら、水泳は勘弁してあげる」
 その仕打ちのどこが心が広いんだ。と内心にツッコみつつ、雲行きが怪しくなってきた二人を止めようと俺ははるかの席へと向かう。
 トレミーの発言は種目を変更されないようにする挑発なのは明らかだったが、圧倒的不利な状況にあるはるかがそれに気付くはずもないだろう。
 ここはなんとかトレミーをうまく誘導して水泳以外に持っていかなければ、はるかが圧倒的に不利だ。
「それか一週間わたしのペットになる?」
「見てなさい!あなたなんかにゆーくんは渡さないんだから!」
 俺が静止するのも間に合わず、再三の挑発に耐え切れなくなったはるかはビシっとトレミーを指差して堂々と宣言する。
「べーっ!あとで泣いて謝っても知らないんだから!」
「そっちこそ!」
 憤然と去っていくトレミーを見送り、幾分か冷静さを取り戻したはるかがこちらに振り向いて、はっとする。
 ここにきてようやく自分がとんでもない状況に陥っていることに気付いたようだ。
「ゆーくん、どうしよう・・・」
 そのすがるようなはるかの視線に俺は深く溜息を吐いた。
 
 どうやら当分波乱に満ちた学校生活が続くことになりそうだ。
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1章と2章

このシリーズも面白いです。
1章では序盤のTSシーンがラストの起死回生の一手の複線になっていて、構成が見事だと思いました。
登場人物達もバラエティ豊かで、みんなとても魅力的ですね。
謎だらけの転校生トレミーちゃんと幼馴染のクラス委員はるかちゃんの対決の行方が楽しみです。

Re: 1章と2章

コメントありがとうございます。
いやはやこちらまで読んでいただけるなんて…
TS要素が少ない割にムダに長いのに、感想までいただいてしまって
もう、本当に感謝感激です。
プロフィール

eta

Author:eta
まあ、適当に。

当ブログはTS(性転換)及び性的描写を取り扱います。
18歳未満の方、興味の無い方の閲覧はご遠慮下さい。

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