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ラプラスの書§2-3

大変長らくお待たせしました。
また悪い癖が出て色々と考えすぎました。
そのため、いつになく長いです。
ちなみに§2はまだ半分ぐらいです。どんどん長くなってます。誰か助けて。
長いわつまらんわでもうどうしようもないですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。


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「深淵のプトレマイオス」

【3】
「ねぇ、どこから来たの?アメリカ?イギリス?」
「きれいな髪だね!」
「よかったら色々案内するよ!」
 休憩時間になるとトレミーの前に何人もの男子が群がっていた。
 それこそ盛りのついた犬のように、我先にとトレミーに声を掛けている。
 だが、イケメン香村は違う。ガツガツせずに群れから離れて遠巻きに見ているだけだった。これがイケメンの余裕というやつか。
 だからといって、ふと目が合ったときに「彼女は俺が絶対落としてみせる」的な表情をされても困るんだが。
 しかし、当のトレミーは群がる男子どもには全く興味ない様子で、次々と寄ってくる男子に敵意むき出しで「あっちいって」とか「ウザい」とかことごとく一蹴していた。
 しかし、それがかえって一部の男子のハートを掴むこととなり、明らかにアブない視線を送るヤツも出てきている。 このままでは『トレミーちゃんのワガママに振り回される会』なるものが組織されそうな勢いだな。
その一方で女子の姿はあまり無かった。朝の一件で明らかにはるかはトレミーを敵視してしまい、それに追随してクラスの女子たちの間にはトレミーに話しかけづらい雰囲気が漂っているようだった。
 裏を返せばそれだけはるかが女子からの支持を得ていたということでもある。はるかはそこまで派閥主義ではないと思うが、やはり周りの女子は気にしてしまうのだろう。
 そのあたりをちゃんと心得ている木津は『海外からの転校生』という格好のネタを逃すはずも無く、男子たちに混じって熱心に取材をしていた。
 キーンコーン、と授業開始を告げるチャイムが鳴り、トレミーの席を囲っていた男子共がわらわらと自分の席へと戻っていく。
「なんであんなに寄ってくるのかしらね、鬱陶しい」
 ようやく平穏を取り戻したトレミーは誰に言うでもなくそう毒づいていた。
「そう思わない?」
 いや、それはどうやら俺に言っていたらしい。
 あれだけクラスの男子に囲まれて嫌な顔をしていたのに、俺には自分から話しかけてくるのか。やはり良く解からない。
「ま、転校生なんて滅多にこないほどの田舎だからな」
 俺も誰に言うでもない感じで適当に返事をする。
 だが、男子どもが群がる気持ちも分からんでもない。
 それほどまでに隣に座るトレミーは本当に『可愛い』という形容詞がぴったりだった。
 150センチぐらいしかない小柄な身体は線が細く、これから花開くであろう初々しさに溢れていて、まさに萌え始めた小さな蕾の様だった。

ptr03a.jpg

「ふぅ」とつまらなさそうに溜息をつく横顔はドキっとするほど可愛かった。
 事実、ふと俺が見とれてしまったほどだから間違いない。
 そのとき、爽やかな風が吹き抜けたような気がした。
 それに呼び起こされるように一瞬教室中がざわっと震え、視線がその爽やかな風の中心へと注がれる。
「やあ、トレミーちゃん」
 振り向くとそこには柔らかな笑みを浮かべた男子が一人。
 先生に注意されない程度に薄く色を抜いたサラサラヘアーをなびかせ、口元には自信に満ちた笑みを浮かべている。
 トレミー攻略の最終兵器、イケメン香村の満を持しての登場だった。
 チャイムが鳴った後に現れたというのは烏合の衆が去るのを待っていたのか、はたまた先生が来るまでのわずかな時間で落としてみせるという余裕の表れなのか。
「僕は香村っていうんだ。よろ――」
「消えて」
 香村が言い終えるより早く、トレミーの痛烈な言葉の右ストレートが香村を直撃する。
「なっ・・・」
 だが、さすがイケメンの名は伊達ではない。そこらの男子共ならここでオメオメと引き下がっていくが、なんとか持ちこたえて更にトレミーに話しかける。
「そんな・・・ひどいじゃないか。僕はまだな――」
「失せろ」
 少しでも距離を縮めようと一段とやさしい口調で話しかけた香村だったが、続けざまに放たれた必殺のアッパーについには崩れ落ち、ほうほうの体で自分の席へと帰っていく。
「まさか、あのイケメン香村が・・・!」ざわざわと教室内に震撼が走る。
 それほどまでに衝撃的だった。クラス中の誰もが香村が席を立ってトレミーの元へ向かった時から香村が一瞬のうちにデートの約束を取り付け、今までの態度が噓のようにキャピキャピしたトレミーが香村に愛想を振りまいている様子を思い浮かべただろう。
 だが、あろうことか、トレミーはあのイケメン香村すら相手にしなかったのだ。
「はぁ~」
 まるで何事もなかったかのように、いや本当に彼女にとっては本当に取るに足らないことだったのだろう、香村が去った後トレミーは窓の外を眺めて一段と大きいため息をついた。
「ねぇ」
 トレミーは窓の外を眺めたまま俺に声を掛けてくる。
 一瞬俺に声を掛けてきたのか悩んだが、前後の席に人はいないし、取り巻いていた男子共も既にいないので、やはり俺に声を掛けてきたのだろう。
「ん?どうした」
 トレミーは俺のほうに向き直るとじーっ、と目を覗き込んでくる。
「よくこんな席で平気ね、暑いし、全然黒板見えないし」
「じゃあ、なんでわざわざそんな席にしたんだよ?」
 ツッコミを兼ねてそんなことを聞いてみる。
 あのじゃんけん勝負の時の真剣さは何だったんだ。
「だって、ユークリッドの隣が良かったんだもん」
 トレミーはよくぞ聞いてくれたとばかりに含んだ笑いを浮かべて、そう答える。
「・・・そりゃどうも」 
 自分で一番ありえないと思っていた回答をさらりと答えられて、内心動揺しながらも勤めて冷静にそう答えた。
 『俺の隣がよかった』ってことは俺に好意を持っていると考えていいんだろうか?
 あれだけほかの男子には興味が無いのに、俺にはこうして話しかけてくるし。
「ねぇ、ユークリッド」
「な、なんだよ・・・」
 もう一度名前を呼ばれて、俺はトレミーを凝視する。
 トレミーはそれ以上何も言わず、両手で頬杖を付いてこちらをじっと見ていたが、やがて「うふふ」と嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる。
 その愛くるしい仕草に、俺はついついぼーっと見とれてしまう。
 ガバッ!
 突然、目の前が真っ暗になった。
 な、なにが起こったんだ?
 俺は慌てて周りの様子を探るべく首を廻らせようとするが、何者かが押さえつけているかのように首が固定されていて、ロクに動かすこともままならない。
 それに、なにか生暖かいものが頭に纏わりついているらしく、激しい圧迫感で満足に息をすることもできない。
 それでも何とか呼吸を確保しようと精一杯空気を吸い込む。
 あ、いい匂い。
 一瞬にして鼻腔を満たしたその甘い匂いに頭の芯が痺れて、一瞬頭がくらっとなる。
 くそっ、なにがどうなっているっていうんだ。
 頭部を拘束された上に、周りには麻酔ガスらしいもの撒かれているようだ。
 それでもなんとか自分の置かれた状況を把握しようと頭をフル回転させ、感覚を研ぎ澄ます。
 視覚が利かない今、頼れるのは嗅覚と触覚だ。
 鼻腔を満たす甘くいい匂い。
 左即頭部に当たる小ぶりな二つのやわらかい感触。
 こ、これは・・・
「わっ、ひっつくな」
 ようやく自分の置かれた状況を理解して、俺は慌ててトレミーを引き剥がす。
 あの暗闇の原因はトレミーが俺の頭に抱きついていたのだった。
 更にもう一度飛び掛ろうとするトレミーを手で遮り、頭をガシッと掴む。
「なにするのよ~」
「それはこっちのセリフだ!」
 そのままジタバタと暴れるトレミーを無理やり席に落ちつかせる。
「なんでいきなり抱きついて来るんだ!」
「わたしの国じゃ、これが挨拶なんだもん」
 口を尖らせて不満そうに抗議するトレミー。
 世界広しといえどハグをすることはあっても、軽く人を窒息させるような挨拶は無いと思うんだが。
 というか、それ以前にもっと深刻な問題がある。
「と、とにかく、ちょっかいかけてくるな」
 言うが早いかヒヤリとするものを背中に感じ、そっと振り向きかけて・・・やめる。
 今、はるかと目を合わせたらきっと俺は石にされてしまう。そんな気がした。
「な~にをやっとるんだ。さっさと授業始めるぞ」
 立ち上がって珍騒動を起こしている俺たちに向けて教室の入り口からダミ声が響く。
 ようやく社会の江原がビール腹を揺らしながら教室に入ってきたのだった。
「ん、クラス委員、号令は?」
 そのまま全く空気の読めていない江原がはるかに号令を促す。
 蛇のようにまとわりついていたはるかの視線が未練たらしくゆっくりと引いていく。
 た、助かった。
「きりーつ!」
 気を抜いたのも束の間、はるかの乱暴な号令にビクッと身を縮ませて、午前中最後の授業が始まる。
 う、まだ昼にもなってなかったのか・・・

 あれ以来、はるかの機嫌は最悪だった。
 やはり、はるかの不機嫌な表情はあまり見たくない。
 なんというか、いつ俺に火の粉が降りかかってこないか心配で精神的に良くないのだ。
 そりゃ食欲もなくなって昼が来たのにも気づかなくもなるし、授業も頭に入らなくなりますよ。
 まあ、途中から話が脱線して織田信長の死について江原が熱心に自論を語っていたみたいなので聞いてなくても問題はなさそうだったが。
 授業中は何度と無くトレミーが「ねぇねぇ」と話しかけてきて、その度にはるかの視線が俺をロックオンした。悪いと思いつつも返事を避けてなんとかやり過ごしていると、やがてトレミーはつまらなさそうに机に突っ伏してしまった。
 そうして授業が終わり、江原が一通り自慢の『信長宇宙人説』を披露して満足そうに教室から出て行くと、次は給食の時間だ。
 このころになると流石にトレミーに向かってくる男子はいなくなっていた。
 不沈艦であるはずの香村が鎧袖一触のうちに撃破されてしまった事実を目の前にして、ようやく正攻法では駄目なのだと男子共も気づいたらしく、距離をとって攻略法を探っているようだった。
 当の香村は自分の席で真っ白に燃え尽きていて、心配する彼のファンの女子たちに「あー」とか「う~」とか言葉にならない声を返していた。今までの自信が大きかった分、それが崩れたときの反動も大きいのだろう。女性不信とかにならなければいいのだが。

 先ほど無視したのがまずかったのか、給食の時間になってもトレミーは俺に話しかけることはなく一人で給食を食べていた。
 さっきまで騒がしかったのが急に静かになると逆に気になってしまうもので、俺は何気ない素振りでちらと様子を伺ってみる。トレミーは一人で食べることをさして気にする風でもなく、黙々とシチューを口に運んでいた。
 ブロンドの髪が教室の中でそこだけ際立って、まるで雑踏に咲く小花のようにポツンとしている。 
 そういう俺も一人で給食をつついているので人のことは言えないが。
 いつも一緒に食べている加路を誘おうとしたものの、「裏切りモノ」という意味深な視線を送った後に他の男子達のところへ行ってしまったのだった。
 ま、たまには一人で落ち着いて食べるのもいいもんだ。うんうん。
 そう自分を納得させて、俺も黙々とシチューを口に運ぶ。
 遠く、どこかのグループから笑い声が漏れる。
 同じ教室の中なのに、まるで別世界のように雰囲気が違う。
 俺自身は普段から『いてもいなくても同じ様なヤツ』的な認識しかされていなかったが、気にかけられていないのと、わざと無視されているのではやはり違う。
 ガヤガヤという食事時の喧騒から二つの席だけが取り残されていた。
 こういう場合はるかが雰囲気をよくしようと何かと動いてくれるのだが、今回それは期待できそうにない。
 残る頼みの綱である水谷先生は教卓の上でぐったりしていた。
 朝から酒臭く、テンションが低かったから、大方またカレシに逃げられたんだろう。あ
の様子じゃとても他人の相談を受け付けられるような状態ではない。

 もう暑いくらいの日差しが机に反射して眩しい。
 暖かいそよ風が校庭の青々とした木々の匂いを運んでくる。
 決して悪いロケーションではないのだけれど、何かが決定的に足りていない。
 なんだろうな、昨日まで気にもしなかったのに。
 シチューには加路の嫌いなニンジンが入っていた。いつもなら俺に泣き付いてくるが、今日は誰か他のやつに押し付けたんだろうか。
 もう一度、どこかで笑い声が起こる。
 ふと、顔を上げたトレミーの横顔が視界に入る。

 寂しそうだった。

 たった一瞬のことだったが、俺の頭の中にその横顔がとても印象的に焼きついて、まるで公園で捨てられた子猫を見 かけたときのような、何とかしなくてはという気持ちが湧き上がってくる。
「よう」
 俺は思わずトレミーに声を掛けていた。
 あーあ、こりゃ後ではるかになんて言われるかわかったものじゃないな。
 それでも、あんな寂しい表情をするヤツを放っておくことなんて俺には出来なかった。
「なに、ユークリッド?」
 振り向いたトレミーの視線には少し驚きの感情が混じっていたが、俺の顔を見るなりぱっと明るいものに変わった。
「タマネギ、食べてやろうか?」
 やはり苦手なのだろう、加路のニンジンと同じようにトレミーの食器の端には丁寧にタマネギが除けられていた。
 食器と俺の顔を見比べた後、トレミーは「いいの?」と遠慮がちに言った。
「ああ。今日は特別だぞ?」
「・・・ありがとう」
 トレミーは小さくそう言うと、おずおずと食器を差し出してくる。
 俺は食器を受け取って、タマネギを自分の食器に移す。
「・・・おいしいね」
 天敵のいなくなったシチューを安心して口に運んだトレミーがにっこりと微笑みかけてくる。
 柔らかな風が日に透けたトレミーの髪をさらって、金色に光る美しい曲線を描きだす。
 その色彩があまりにも綺麗で、とても雑多な日々の中の出来事だとは思えないほどだった。
「ああ、そうだな」
 そうぶっきらぼうに答えつつ、照れ隠しにシチューを口に運ぶ。
 あれ、給食ってこんなにうまかったっけ?

 その後も何度か不穏な火種を燻らせながらも、なんとか無事に一日の授業が終わり、帰りのHRが終わる。
 残りわずかな一日をどう過ごそうかとざわざわと活気立つ教室。
 トレミーは転校の手続きの残りがあるのか、HRが終わると水谷先生について職員室に向かったようだった。
 俺はそそくさと支度を済ませて、教室を出ようとする。
 本能が一刻も早く帰宅しろと告げていたのだ。
 念入りに教室内を見回し、はるかの姿がないことを確認して一気に教室の戸口まで早足で抜ける。
 が、考えが甘かった。
 すでに退路は絶たれていたのだ。
「ゆーくん!」
 突然掛けられた声にギョッと前を向くと、そこには教室の戸口に仁王立ちするはるかの姿があった。
 不覚。後ろを気にするあまり、先回りされたことに気づかなかったとは。
「給食の時間、あの子と何話してたの?」
「べ、別に。なんでもないよ」
 有無を言わせぬはるかの詰問に俺は視線をはずしてそう答える。
 やはり見られていたか・・・
「ふーん、言えないんだ」
 はるかの冷ややかな声が浴びせられる。
 やはり機嫌は麗しくないご様子。
「そうじゃない、言うほどのことでもないってだけだ」
 俺は必死に弁明するが、言葉を重ねるほどにさらに言い訳がましくなってしまう。
「なんか怪しいわね」
 疑惑に満ちたはるかの刺すような視線が俺をチクチク攻め立てる。
「なんでもないって言ってるだろ」
 俺は強引にこの場を切り抜けようと、少し強い口調で押し通ろうとする。
「なんでもないなら言ってみてよ」
 だが、はるかの即答で逆に自分の逃げ道を塞いだだけに終わってしまった。
 とうとう進退窮まって、とにかく何か言わないといけない状況に追い詰められてしまう。
「・・・タマネギが嫌いだっていうから、変わりに食べてやっただけだよ」
 俺はしぶしぶと口を開く。
 もちろん俺から食べてやろうかと言ったなんて言えるわけがない。そんなことしても、更にいらぬ誤解を生むだけだ。
「な・・・」
 俺の返答にあからさまに狼狽するはるか。
 だから言いたくなかったんだ。
 絶対、何か誤解してる。
 言葉ってなんて不便なんだろうな。きっと俺の言いたいことの半分もはるかに伝わっていない。
「別にいいだろ、ちょっとぐらい。はるかだってピーマン嫌いだろ?」
 それを補おうと俺は更に言葉をつなげるが、口に出したとたんになんだか言い訳っぽくなってしまい、やはり伝えたいこととは違ってしまう。
 それは結局、俺の想いとは裏腹に自分の立場を悪くしただけだった。
「ゆーくんのばかぁっ!」
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 きゅっと目を瞑ったはるかが声を張り上げて、教室から飛び出していく。
 シーン、と静まり返る教室。
 俺は後を追うことも出来ずに、ぼうっと突っ立っていた。
 やがて数秒の後に沈黙が解け、何事も無かったかのように教室が動き出す。
 誰も俺に触れようとはせず、まるで透明人間にでもなった気分だった。
 しばらく放心した後、俺は思い出したようにとぼとぼと昇降口へと向かう。
 頭はすっかり機能不全を起こして、ぐるぐるといろんな感情が浮かんでは消えた。
 昇降口に到着するまでに何度怒って、何度泣きそうになっただろうか。
 
 校庭に出ると、俺の気分なんてお構いなしに空は嫌になるくらい澄み渡っていた。野球部の発する半分奇声のような掛け声を耳の片隅で聞きながら、ぼつぼつと校門へと重い足を進めていく。
 遠く、トタトタという足音が聞こえてくる。
 きっと陸上部のヤツだろう。体育でもないのにご苦労なことだ。
 だが、どうやらその足音は俺に向かっているらしく、どんどんと足音が大きくなってくる。いよいよすぐ近くまできたかと思うと、その足音はスピードを緩めて俺に声を掛けてきた。
「ユウ、待ってよ」
 振り向くと、そこにいたのは木津だった。
「なんだ、木津か」
「・・・はるかじゃなくて悪かったわね。それとも、あの転校生のほうが良かったとか?」
 俺のぞんざいな返事に木津はむっとして悪態をつく。
 正直、今はあまり人と話したい気分ではなかった。特に木津なんかはお節介に色々と聞いてくるので、いらぬことを質問されないかと考えただけで余計に気が滅入る。
「いいわねぇ、女の子二人に取り合われるなんて。男冥利に尽きるじゃない」
「やめてくれ、疲れるだけだ」
 俺とは間逆のテンションの木津に少し辟易として、振り切るようにそう言ってもう一度校門へと足を進める。
「まあ、あの二人じゃねぇ」
 それでも木津は俺について来て、はははと笑う。
 俺はとても笑う気にはなれなかった。そのまま何を言うでもなくただ足を動かす。
 その後も木津は俺に一言二言話しかけてきたようだったが、もうすでに俺の耳には入ってこなかった。
「・・・んもう、本当にこのままでいいと思ってるの?」
 やがて一人で不毛な質問を繰り返すことに苛立ったのか、木津はいきなり俺の前に立ち塞がって、問い正すような視線を向けてきた。
「・・・いいとは思ってないさ」
 俺はそのまっすぐな視線をまともに受けきることが出来ず、通路のもうボロボロになったアスファルトに逃げ場を求める。
 このままではいけない。俺自身それは良く解かっている。だが、思考がそれ以上先に進むことが出来ない。ただ表面で空回りして気持ちと時間だけが過ぎていく。
 今はとにかく時間が欲しかった。それがたとえ目の前の現実から逃げることだとしても帰って寝れば少しは気が休まるような気がした。
「全く、情けない男ね」
 視線を外したまま何も出来ないでいる俺に、木津はあきらめたように息をつく。
「余計なお節介だ」
 その一言にいたたまれなくなり、俺のちっぽけなプライドがまた余計なことを口から吐き出させていた。
「なっ、お節介とは何よ。二人のこと心配してあげてるんじゃない!」
「それがお節介だっていうんだ」
 激昂する木津に俺はいよいよ引き返すこともできなくなり、撥ね付けるように言葉を重ねていた。
 木津は一層きつく俺を睨みつけるが、やがて溜息交じりに肩から力が抜ける。
「・・・はぁ、本当に情けないわね。はるかの後も追えない男がよく言うわよ」
 心底呆れたという風に両手を広げて見せる木津。
「本当、あなたなんかにはるかは勿体無いぐらいだわ。こうして走り回ってる私がバカみたいじゃない」
 察するに木津はあの後教室を出て行ったはるかを追っていったのだろう。そのときの俺は半ば放心状態で誰が何をしたかなんて知る由もなかったが、はるかの一番の親友であり、行動力のある木津ならばきっとそうしたはずだ。
 そして、はるかと何かを話して、俺のもとに来た。
「あの後、はるかはなんて言ったと思う?」
 木津は俺の微かな表情の変化に気づいたのか、試すように質問を投げかけてくる。
「知るかよ、大方またバカだとかガキだとか言ってたんだろ?」
 そんな俺の強がりを木津は動じることもなく淡々と聞き流して、いつになく真剣な表情になる。
「いい?心して聞きなさい」
 木津はもう一度、念を押すように俺の目を見た後、ゆっくりと口を開いた。
「『ごめんね』って。はるかはあなたに謝って欲しいって言ったのよ?」
 ・・・なんだよそれ。
 なんではるかが謝る必要があるんだ?
 確かに、はるかの視線が息苦しいとは感じた。
 少し疎ましいとも感じてしまったことも事実だ。
 だが、そのはるかの行動も当然といえる。
 俺だってはるかの気持ちを知らないわけではない。
 あの時見てしまった日記に書かれていたことは、やはり本当だったのだ。
 それで転校早々俺にちょっかいをかけてきたトレミーに慌てて、自分の気持ちを抑えることが出来なくなってしまったのだろう。
 今まで少しづつ何年も積み重ねてきた、時間を掛けて育んだ想いが一瞬にして崩れてしまうのではないのか、と。
 それはきっとはるかにとって何よりも恐ろしいものだったのかもしれない。

『ゆーくんのばかぁっ!』

 あのとき、はるかは今にも泣きそうな顔をしていたと思う。
 俺はそんな気持ちにも気付くことなく、曖昧な態度ではぐらかそうとした。
 そんな俺にはるかが苛立つのは無理もないことだ。
 だが、はるかはそれを自分で認めるばかりか、俺に負い目を感じている。
 はるかはそういうことに気づけるから、今もきっと自分を省みて辛い思いをしているんじゃないだろうか。
 それに比べて俺は・・・
「すこしは反省したようね。今日はまだ落ち着いてないから、明日ちゃんと謝るのよ?」
 俺はさっきより情けない表情をしていたのかもしれない。その表情から感情を読み取った木津が納得したようにそう告げる。
「・・・わかったよ」
 親に叱られた子供のように俺は小さくそうつぶやいた。
「それだけかしら?私にも何か言うことがあるんじゃないの?」
 木津は含んだ視線を俺に向けてくる。
 気付けば少しはるかの気持ちを垣間見ることが出来て、俺の心は少し軽くなっていた。
 これなら多分、明日謝る事も出来るだろう。
「・・・サンキュな」
「よろしい」
 木津は東奔西走が報われたことに満足してそう言うと、表情を一変させる。
「しかし、あの転校生。なんか怪しいと思うのよね」
 木津は口元に手を持っていき、何かを考えているような仕草をする。
「私も『一目惚れ』は信じるほうだけど、いくらなんでもあそこまではないと思うわ。一日目で抱きつくなんて普通に考えてありえないでしょ?」
 もうすっかり木津はお節介焼きな親友から噂好きな新聞部員へシフトしていた。
「もしかして、あの転校生と知り合いとか?」
「いや、違う。まるっきり初対面だ」
「よねぇ。はるかに隠れて他の女に手を出せるほどユウは器用じゃないものね」
 なんだかひどい言われようだが、悔しくも反論できない。まあ、香村のように周りに女子をはべらせたいとも思わないが。
「それに、この一学期もあと一月ないって時期に、こんなド田舎に転校してくるかしら?普通、一学期ぐらいはなんとかってすると思わない?」
 『謎の転校生』という格好の調査対象を目の前にして木津の好奇心旺盛な目は爛々と輝いているようだった。
「そうかもしれないが、少し考えすぎなんじゃないのか?」
 確かにそう言われればおかしいと思えるところもあるかもしれない。だが、それとて『家庭の事情』と言われてしまえばそれまでという程度だ。
「ま、いいわ。なにか怪しそうなところがあったら教えて」
「わかった。出来るだけ協力する」
 俺としてもはるかとトレミーが対立している現状はどうにかしないといけないと感じている。だが、今は決定的にトレミーについての情報が不足していた。木津に協力することでなにか解決の糸口になるような情報を得られるかもしれない。
「頼んだわよ。今回、ユウ以外の男子は使い物にならなさそうなのよね」
 そう、木津の言う通り何故これまでに俺にだけ興味を示すのか、とか。
 木津の調査能力には俺も一目を置いているので、あるいはなにか重要な手がかりを掴んできてくれるかもしれない。
「じゃあね、明日ちゃんと謝るのよ」
 そう最後にもう一度念を押した後、木津は軽く手を振って踵を返す。
「はるかを振ったりなんかしたら、私が承知しないんだからね?」
 木津は去り際にこちらを振り返って意味深な笑顔でそう言うと、さっさと校舎の中へと向かっていった。
 
 なんだか、どっと疲れた。
「やるじゃねーか。ついにお前にもモテ期が来たな」
 とりあえず家の雑務を終えたあと一息ついて油断したのか、ついついアルキメデスに今日のことを話してしまったことを俺は後悔していた。
 話せばからかわれることはわかっていたはずなのに、それでもついうっかりと口を滑らせてしまったのは俺自身今日のことを誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。
 もしそうだとしたら相当病んでるな、俺。
「あんまりうるさいと、夕飯やらないぞ?」
 俺はアルキメデスの前足がギリギリ届かないところでエサ箱をチラつかせる。アルキメデスはここぞというタイミングで前足を伸ばしてくるが、そこでエサ箱をひょいと上げて、前足はエサ箱に届くことなく虚しく宙を切る。
「冗談だって。そうムキになるなよ」
 エサ箱に釘付けになっている目を俺の手の動きに合わせて左右に振りながら、アルキメデスは必死に弁明してくる。
「ムキになんかなってない」
 俺はエサ箱をそのままずっと上に持っていく。ついさっきまで目の前にあったエサ箱がどんどん遠のいていくのを見て、アルキメデスは前足をいっぱいに伸ばすがどう頑張っても届くはずも無く、高度を上げていくエサ箱をオロオロと見上げる。
「わかった、わかった。お前はいたって冷静だ。それにハンサムでカッコイイ。だからメシをくれ」
「しょうがないな」
 その慌てた姿に口元を綻ばせてエサ箱をアルキメデスの前に置いてやる。目の前に置かれたキャットフードの山にアルキメデスは目を輝かせてガツガツ、ポリポリ、と食べ始める。
 そうしてアルキメデスが夕飯を食べるのをぼーっと眺めながら今日一日を反芻する。
 たった一日にして俺の平穏な学校生活は音を立てて崩れてしまった。
 まだクラスに慣れていない一日目でこれだ。一ヶ月先がどうなっているのかまるで予想がつかない。
「・・・はぁ」
 これから先のことを考えて意図せず溜息が漏れる。
 俺だって確かに気になることはあった。
 あのじゃんけん勝負の時、二人が拳を出す直前に一瞬だが霊力のようなものを感じたのだ。
 はるかが集中するあまり発してしまったのかもしれない。
 だが、そのとき感じた霊力ははるかのものとは違った。
 はるかの霊力は以前憑依したときにはっきりと覚えていたので、間違えるはずがない。
 だとすると、やはりトレミーが発したのだろうか?
 なんらかの魔術を自分が有利になるように働かせてじゃんけんに勝った。
 そう考えると勝負前の自信満々な態度と勝利後のさも当然とした感じがしっくりと来るよう気がする。
「まさか、な・・」
 結局いくら考えても頭はまとまらず、諦めて俺はごろんとベッドに横になる。
「なんだよ、さっきから辛気臭いな」
 食事を終えて満足したのか、ベッドに上がってきたアルキメデスが俺を横から覗き込んでくる。
「その転校生もカワイイんだろ?せっかく好かれてるんだったら両方おいしくいただいちまえよ」
 そんなふうに適当なことを言って、アルキメデスは食後の毛づくろいをはじめる。
 全く、人の気も知らないで。猫は気楽でいいもんだ。
「そんなことしたら、はるかに殺される」
「ぷっ。お前、絶対に将来尻にしかれるな」
 コイツ、笑いやがった。
「うるさい」
 俺はそれ以上の余計な追及から逃れるため、アルキメデスとは反対のほうに寝返りを打って目を閉じる。
 まあ、確かにトレミーは外人だけあって顔は整っていたな。
 まるで精緻な人形のような。
 逆に人間味に欠けるというのか、どこか整いすぎているような気もする。
 そういった点でもはるかとトレミーは全く逆だ。
 はるかはどこか自然な感じがする。空を赤く染める夕日のように一度として同じ日はないが、その一瞬一瞬がすべて美しく、壮大だ。
 トレミーは完成された感じがする。稀代の画家が天に与えられた才能のすべてをひとつのキャンバスに凝縮した、見るものすべてを虜にしてしまうような、流麗で繊細な絵画のよう。
 そうしてトレミーの表情を思い浮かべていると、不意にあの給食のときの横顔が思い出された。
 寂しく、どこか儚げな表情。
 あれはきっと本当の孤独を知っている表情だった。
 辛く寂しいことにずっと独りで耐えてきたものだけが持ちえる、自分の中に孤独を飼い慣らしてしまったかのような、諦めた強さ。
 俺はあの時トレミーに声を掛けたことは後悔していない。
 あの時俺が声を掛けたことが原因ではるかを怒らせることになってしまったが、クラスで孤立しつつあるトレミーをやはり放ってはおけない。俺が手を離してしまったらトレミーは孤独になってしまう。
 なんとかはるかとトレミーがうまくやっていける方法はないものなのか。そうすればきっとトレミーもクラスにうまく溶け込んでいけるはずなのに。
 やはり、まだまだ問題は山積みだ。

 そんな風にとりとめなく考え事をしていると、だんだんと意識がぼんやりとしてきて、現実と夢想の境界があいまいになっていく。
 ふと、朝のトレミーの無邪気な笑顔が浮かんでくる。

 『よろしくね、ユークリッド』
 
 ・・・何で俺の名前知ってんだ?
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当ブログはTS(性転換)及び性的描写を取り扱います。
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